14.だってお金がないもん

 食料品の手配が終われば、今度は家具屋に入る。そこでベッドを注文しようとするブレンダを、アイカは慌てて止めた。


「ダメだよ」


「なんでだい。ソファーが気に入ってるのかい?」


「そうじゃなくて……私、お金ないもん」


 お金がないから払えない。そう言いかけて、言葉を濁した。結果、幼子のような口調になる。ぼそぼそと告げた理由に、ブレンダは目を見開いたあと……大声で笑った。


「ブレンダ!」


「ごめっ……そう、じゃな、くて」


 息も絶え絶えに笑っておいて、そうじゃないって何なのよ。むっとした顔のアイカに、ブレンダは必死で笑いを抑えた。まさかそんな理由で断られるなんて、思わなかった。


 考えてみたら、この子は知り合いもいない常識も違う世界に落ちてきたんだね。大きく深呼吸して気分を切り替える。きっちり守ってやらないと。


「お金の心配はしないでいいよ。トム爺さんが申請した書類が通れば、国の保護対象になるから。生活費も支給されるはずだね」


「そんな制度が……。というか、私の申請がはねられたら?」


 得体の知れない人間を保護するんだろうか。心配になりながら尋ねたアイカの腕を撫でて、ブレンダがぽんと叩いた。


「こんな毛皮もない子が、別世界の住人だと信じない役人はいないさ。すでに街中の人が見にきてるし、証人もいっぱいだ」


 ブレンダの指差す先は、窓の外だった。日陰になってるとは思ったけど、人垣だったとは。驚いたアイカは、ブレンダを盾にして隠れる。


「お金の心配も消えたんだ。買い物を続けるよ。家具や道具は、服より時間がかかるのさ」


 お店の人が勧めるマットをいくつか試し、気に入ったものを選ぶ。デザインを指定したら、配達日を決めるだけだった。店を出れば、ぞろぞろと人が付いてくる。くるっと振り返れば、ぴたりと動きが止まった。


「だるまさんが転んだ、みたい」


「何が転んだって?」


 ブレンダに説明しながら、今度は道具や食器を作る店に寄った。包丁の柄を何度も説明して図に描いて、ようやく伝える。その後も結局、絵を描くことで説明を終えた。口頭だけで説明する難しさに、すっかり疲れてしまう。


 ぐったりしたアイカの様子に、ブレンダはひょいっと抱き上げた。近くにある知り合いの飲食店へ入り、冷たいお茶やお菓子を注文する。


「休んだら、カーティス坊やを呼んで帰ろうか。猫達が待ってるからね」


「ありがとうございます」


 ほんのり甘いお茶に、レモンっぽい果実を絞った。香りは柚子かな。ほんのりした酸味に、頬が緩んだ。甘いお菓子を齧って、アイカはようやく一息つく。


 休憩はさほど長くなかった。けれど体が楽になったので、手を繋いで荷馬車へ向かう。街の入り口付近に止めた荷馬車は、すでに荷物が半分ほど詰まっていた。


 手慣れた様子で、二本足の猿が荷物を吊るしている。別に置いておけばいいのに。不思議に思いながら、アイカは首をかしげた。


「おやおや、仕事が早いね」


 ブレンダが笑ってアイカを荷馬車に乗せた。少し待つとカーティスが走ってくる。


「カーティス、頼むよ」


「うん。分かってる」


 革のベルトを繋いだカーティスは、勢いよく走り出した。がたがたと左右に揺れるたび、吊るされた荷物が一斉に同じ方向へ傾く。その様子を見て理解した。


 床に置いた荷物は転がっちゃうんだ。果物や野菜など、痛みやすいものは吊るす。肉や道具、日用品は箱に入れて積む。理に適ってるな。感心しながら、アイカはブレンダの毛皮にしがみついた。私はここが一番傷みにくい。

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