06.トム爺さんが来るまで外出禁止
「あんたは外へ出とくれ。体がはみ出してるじゃないか。あ! 壁にツノが!」
うん、壁を傷つけてる。怒ったブレンダに追い出され、巨大鹿はうろうろと玄関先を歩き回った。本物の猫……すなわちアイカの愛猫が気になって仕方ないのだ。
「あれ、いいの?」
「ああ、いつものことさ。ほら、この屋根の傷もカーティスのツノなんだよ」
言われて見れば、ちょっと届かない高さに傷がいくつもあった。熊用に大きく建てられた家でも、あのサイズの鹿は厳しい。よく入れたよね。アイカはくすくす笑いながら、ブレンダの手伝いを始めた。
牛乳のような液体でパンを浸して、オレンジ達の前に並べる。お水も交換して、シリアルに似た食べ物を机に運んだ。
「朝はいつもこれなんだよ。平気かね」
失礼してひと摘み食べてみたが、やっぱり味はシリアルだった。平べったい感じの、あれ。嫌いじゃないけど、ミルクを掛けるのは嫌いだ。そう伝えると、思わぬ物が出てきた。
「こっちで食べるんさ」
微妙な語尾の方言? が気になるアイカだが、それより苺ミルクにしか見えないピンクの乳白色の液体が先だ。花瓶のようなピッチャーを持ち上げて、くんと匂ってみた。
「甘そう」
「苺と蜂蜜とミルクさ。美味いよ」
「試してみる」
甘いものは嫌いじゃない。ミルクもそのままは飲まないけど、加工してあればいけると思う。コーヒー牛乳は平気だった。アイカは過去の経験から、挑戦を決めた。
シリアルを大きな袋から取り分け、上からピッチャーの苺ミルク蜂蜜入りを注ぐ。朝食なのに、甘ったるい匂いが漂った。木製スプーンでぱくり!
アイカは目を見開いた。イケる、かも。よく見れば、シリアルには木の実や干し果物が入っていた。不思議と合う。ナッツ類は平気だけど、干し果物が酸味強かった。アイカは酸味と甘さの絶妙なバランスを楽しみながら、朝食を終えた。
「美味しかった!」
「そりゃよかった。いくらでも食べとくれ」
ブレンダはしっかり三杯食べたが、アイカは同じ器に一杯が限界だ。朝から食べ過ぎたとお腹をさすり、窓の外に目を向けて凍りついた。
「うわぁ!」
窓から大きな目がぎょろりと室内を観察している。間違いなくカーティスだろう。というか、他に心当たりがない。アイカと同じ考えに至ったブレンダが大きく息を吐いた。
「ったく、そんなに小動物が好きだったかねぇ」
猫が気になるらしい。ご飯を食べた猫達は毛繕いを始め、室内にいない鹿など興味も示さない。こういうところ、飼い猫だな。窓の外は別世界と割り切ってるんだろう。
「会わせるのは、トム爺さんが来てからだね」
「あ、トムさん。来てくれるんですか?」
ブレンダはぼよんと柔らかそうなお腹をぽんと叩き、片付けを始める。アイカは慌てて手伝った。猫の器も洗わないといけないし。あ、ブランが半分も残してる。いつものカリカリじゃないから? 首を傾げる飼い主に、ブランは大きく欠伸をして寝転んだ。
これは単に空腹じゃなかっただけかな。逆にいつもは少食のノアールが完食ってことは、昨日のパンはブランが多めに食べたようだ。アイカは冷静に愛猫達の観察を終えると、台所と思われる部屋へ食器を運んだ。
「今日はトム爺さんの手続き待ちだ。あんたと猫は手続きが終わるまで、この家の外へ出たらダメだよ。間違いがあるといけないからね」
間違い? 不思議な言い方だが、ブレンダが言うなら間違いない。そう思うくらいには、彼女を信用していた。
「わかりました」
いい返事をした時ほど、信用してはいけない。自分にも当てはまるのだと、アイカは数時間後、頭を抱えることになった。
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