04.その毛皮って脱げるんですか?

 木製の壁と床、家具も同じ。檜じゃないけど、何かいい匂いがする。新築のログハウスみたいな? 例えたものの、アイカに新築ログハウスの経験はない。雰囲気的な感想だった。


「シチューはどう?」


「美味しいです。少し焦げてましたけど、コクがあるっていうか」


 一言余計だったかな。こういうところが空気読まないと言われる原因なんだよね。嫌われるんだ。いつもの一言が出てしまい、褒め言葉で締め括ってみる。これで誤魔化されてくれる人も多いのだ。アイカは誤魔化しだけ上達した自分を嘲笑うように笑顔を作った。


「具合悪いの?」


「いえ」


 予想の斜め上を心配するブレンダに、いい人……熊? だなぁと笑みがこぼれる。自然と浮かんだ笑顔に、ブレンダも安心して笑顔になった。ああそうか、私の作り笑顔ってバレちゃうんだね。アイカは木製の器に残ったシチューをかき込む。


 なんか変だな。泣きたい気分だ。誰もアイカの内側に踏み込んでこなかった。遠巻きにして悪口を言うだけで、空気を読まない子は心がないかのように扱われた。それがブレンダは温かい。まるで昔亡くなった母親のように。じわりと胸に温かさが広がり、目の奥が熱くなった。


「ところで、あんた……毛皮をどうしたんだい?」


 誰かに盗られたのかねぇ。ひそひそと声を潜めたブレンダは、本気で心配しているらしい。毛皮って簡単に盗まれるようなものなの? 天女の羽衣じゃないんだから……え? まさか、ブレンダは入浴時に着ぐるみよろしく脱ぐとか!


「それ、脱げるんですか?」


「いいや」


 けろりと否定されて、期待したアイカは肩を落とした。なんだ、好きな毛皮を選んで生活できるのかと思ったのに。がっかりした分だけ、口調が少し荒くなる。


「そういうブレンダこそ、熊なのに二本足で立ってるじゃない!」


「……っ、別世界の熊は一本足なのかい?」


 確認するブレンダが人目を気にするように、小声でひそっと尋ねるから。おかしくなって吹き出した。アイカの大笑いに釣られて、ブレンダも笑う。


「いい度胸だ、気に入ったよ。届け出の保護者欄は、私の名前を書いておこうね」


「ありがとうございます」


 おそらく保護者は生活を一緒にする養親だろう。右も左も分からない上、今後どんな動物や異世界人と接するか。騙されたりする可能性もあるし、頼れる人がいるのは安心できる。熊だけど。


「ところで、トム爺さんは熊ですか?」


「いいや、狼獣人だね」


 狼にトム、熊がブレンダ。英語圏の名前かな? 詳しくないけど、アイカはそう当たりを付けた。アイカは漢字で「愛華」と書く。響きが日本人ぽくないので、子どもの頃は恥ずかしかった。アイコにしてくれたらよかったのに。そう言って母親を困らせたこともある。


「アイカって呼ぼうかねぇ」


「そうですね、ブレンダ」


「その気持ち悪い話し方、おやめよ。無理してるだろう。好きなように話していいから」


 明らかに年上と思われるブレンダにそう言われ、迷ったけれどアイカはすぐに切り替えた。ここは別世界だから、そもそも敬語なんてないかも。本人がいいって言うんだから、問題ないよね。


「わかった、ブレンダ」


「その方があんたらしい」


 からからとよく笑うブレンダは、食後のお茶を淹れてくれた。どこからどうみても緑茶で……飲んでも緑茶。熊と出会った以外は別世界感が薄いな。シチューも普通だったし。そんなことを考えながら、ずずっと熱いお茶を啜った。

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