03.大分類がニンゲンで小分類がニホンジン

 やばい! 何かが焦げてる!! 慌てて飛び起きたアイカは、見知らぬ部屋に驚くより先に、臭いの元を探した。


 ソファーに寝かされたアイカから見て左側、ストーブの火に鍋がかかっている。かなり湯気が出ているから、完全に沸騰しているだろう。となれば、臭いはあれだ!


 近づいて、迷った末に上着を脱いでミトン代わりにする。すぐに火から下ろしたが、置く場所に困った。部屋には愛猫達が寛いでいる。が、置いたら鍋に近づくよね。アイカは困惑した顔で周囲を見回し、木製のテーブルに気づいた。


「失礼します」


 声をかけてから鍋を置いて、ほっと息を吐いた。直後に、扉が開く。


「ただいま、おや……起きたのかい」


「あ、おかえりなさい」


 思わず反射的に挨拶をしてしまう。というか、日本語を話す熊は夢ではなかったのか。アイカはぼんやりと彼女の動きを見守った。近くまで来ても、攻撃される感じはしない。


「ああ、鍋をありがとうね。いつも焦がしちゃうのさ」


「いえいえ」


 普通に田舎のおばさん口調のブレンダに、ついアイカも応じてしまった。心を許してないつもりだが、雰囲気がほんわかする。まあ、目覚めて早々、殺伐とするよりいいけど。


「運んでくれたんですか?」


「私の家だけどね、ゆっくり過ごしておくれ。猫は三匹でよかったよね」


「あ、はい、ありがとうございます」


 猫の数が足りているのは、見回した時に気づいた。だから心配されたのだと気づくのに、少しばかり遅れた。慌てて礼を口にする。


「昔話やら御伽噺に出てきた、異世界の人ってのだと思うんだわ。んで、トム爺さんに頼んで届出をしてもらうからさ。悪いんだけど、名前を教えてくれるかい? 私はブレンダっていうのさ」


 ブレンダさん、外人名だな。どこの国か分からないけど。アイカは熊の着ぐるみのようなブレンダを見上げた。きらーんと鋭い爪が視界をよぎり、一歩だけ後ろに下がった。


「私はアイカ、日本人です。猫は三毛のオレンジ、白いブラン、黒のノワールです」


 きっちり「です」で締めくくる。実はアイカは敬語が苦手だった。「と申します」なんて使ったことがない。社会人としてどうかと問われれば、エンジニア系の技術者なので問題ない、と返してきた。


 学生時代もバイトが忙しく、部活やサークル活動はしなかった。故に、先輩後輩の感覚もあまり分からない。対人関係に悩むほど神経質ではないので、マイペースに過ごしてきた。きっと周囲はイライラしたことだろう。


 空気を読めないというか、読まないと断言すべきか。他人をイラつかせるので、技術だけで認められる仕事を探したのだ。猫を養うお金も欲しかったし。


「ああ、アイカちゃんね。年齢は? たぶん、お伽話のニンゲンって種族じゃないかと思うけど、ニホンジンってのは違うのかい?」


「ああ、それだと人間の中の分類に日本人かな」


「動物の部分がニンゲンで、熊の部分がニホンジン、私のブレンダに該当するのがアイカで正しい?」


「完璧です!」


 褒めたら、熊は嬉しそうな表情をした。ん? 熊に表情ってあるのか? 人を食べる時は凶暴に見えるだろうから、表情はあるんだろう。たぶん……。


「焦げかけだけどね、シチューお食べよ。本物の猫に食べさせていいんかね?」


「パンを浸して冷ませば食べるかも」


 猫達の水は用意されているが、隣の器はほぼ空だった。でも何かが入っていた形跡がある。パン屑かな? 指先で摘んだアイカがくびを傾げた。


「さっき、パンをやったけど……そうだね、シチューを掛けてやればよかったよ」


「いいえ、ありがとうございます。食べたんだからお腹すいてたと思うし」


 私がうっかり眠ってましたからね。笑いながら話す自分の適応力の高さに、アイカは思った。空気って読まないことも大事。

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