13.

「……あれ、帰ってていいって言ったのに」


 合流地点のベンチに座っていると、彩紗が右の方から歩いてきた。


「なんとなく待ってようかなって。別に帰ってからも暇だし」


「それはそうだけど……」


「はい」


「えっ、牛乳? ありがとう……」


「ならでは感あるでしょ」


「そうだね……あっ、おいしい」


「でしょ? 顔赤いし、冷たい牛乳ちょうどいいかなって」


「え、顔赤い? ほんとに?」


「まあ普段見てる時よりは。堪能しすぎた?」


「そ、そうかも。ね…………」


「まあ戻ってゆっくりするか」


「うん」


 俺は立ち上がり、来た道を戻り始めた。


「浴衣、似合ってるね」


「ありがとう。彩紗も似合ってる」


「……ありがとう」


 彩紗は緊張しているようだった。何かまだ言いづらいことでもあるのだろうか。

 結局その後は無言のまま部屋まで戻ってきてしまった。


「……誠吾。ちょっといい?」


「いいよ」


「はい、座布団」


「それもあったんだ」


「うん。押入れの所に積まれてた。で、いい?」


「……うん」


「私、説得しようと思う」


「説得って、親を?」


「うん。結婚する気がないわけじゃないことと、今回は見送りたいこと、それと……やっぱこれはいい」


「言いかけてやめるのは反則じゃない?」


「えっ、そ、その…………」


 彩紗はわかりやすく返答に困っているようだった。


「ごめんごめん、困らせる気はなかった。言わなくていいから、続きを聞かせて」


「…………だから、私、明日家に帰る」


「……そっか」


「散々振り回した挙句、急に明日帰るとか言い出してごめん」


「いいよ別に。楽しかったし」


「……なんか寂しそう?」


「寂しい、かもね。でもそれは今日が充実しすぎてたからかも。たくさんお金使ったし、またバイト増やさなきゃだなー」


「ごめん」


「いいって。漠然とした将来への不安で溜めるだけだったし」


「……」


「おしまい?」


「えっ、えーと……」


「そんなひねり出さなくてもいいから」


 俺は手を叩く。


「はい、じゃあこの話はおしまい。飲むんでしょ?」


「……うん」


 彩紗はようやく笑顔になった。ここまであの話をしてからずっと顔が曇っていたのが気になっていたが、ようやくその心配がなくなりそうだ。


「……あれ、二つに分けたら案外少ない?」


「まあ缶一本だったらそんなもんじゃない?」


「そうかもね。じゃあ、乾杯」


 彩紗がこちらにコップを近づけるのを見て、俺は慌ててコップを手に取り、それにぶつける。さっきよりは明るい音が鳴った。


「すごい。なんかフルーツっぽい」


「確かに。これなら飲みやすいかも」


「だよねー。何かお酒トークある?」


「いきなりだな。えーと……愚痴とか?」


「愚痴、かぁ……もう言っちゃったしなー」


「お見合いのこと?」


「うん」


「他にはないの?」


「そもそも愚痴が出るぐらいちゃんと物事に向き合ってなかったかも。就活もそこまで本腰入れてやってたわけじゃないし。誠吾の方があるんじゃない? っていうか私に対する愚痴はないの?」


「そんなこと言われても……」


「私はあるよ!」


 彩紗に詰め寄られ、俺は少し後ろに下がる。


「君は優しすぎるし、私のわがままを聞きすぎ! もっと私に頼っていいし、私だって頼られたいし。別にお酒の勢いで言ってることじゃないんだからね!」


「は、はぁ」


「今だって私が酒飲みたいって言ったから付き合ってくれてるけど、別に俺はお茶で、とかでもよかったんだからね」


「それは、俺も経験したいなって思ったことだから」


「今日の昼、遊園地でもう一つ乗りたいって言ってた時、ちょっと嬉しかったんだからね」


「わ、わかったよ」


「第一ね……」


 その後は三十分ほど、彩紗の愚痴を聞かされていた。

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