10.

「硫黄の匂いする。源泉近いのかな」


 温泉街に来た実感が湧く。隣を歩く彩紗はもう慣れているのか、特に反応はなかった。


「確か坂上がったところにあったはず。行ってみる?」


「うん。でも、足大丈夫? 結構今日歩いてるけど」


「言われてみれば、確かにそうかも。でも後で温泉入るんだから大丈夫じゃない?」


「だったらいいけど」


 彩紗が示した方に曲がり、かなり急な坂が現れた。


「ありがとう。いつも私のこと気遣ってくれて」


「ううん。俺の方が色々助けてもらってるし」


「そう? なら良かったけど、私もとても感謝してるんだよ?」


「それは良かった……あ、ジェラート」


 おしゃれな雰囲気のジェラート屋の前で彩紗が足を止めた。


「食べる?」


「うん。誠吾は?」


「俺も食べようかな。味は……え、バニラしか残ってないじゃん」


「まあなんだかんだもう八時五十分だもんね。なんならもうそろそろ閉まっちゃうし。私買ってくるね」


「俺も行……あ、いや。うん、お願い」


「ん? わかったー……」


 彩紗は不思議がったが、別にこちらに言及することなくジェラート屋に入っていった。


「少し不自然だったかもなー」


 俺の視線には、ジェラート屋の体面に立地する、ガラス玉屋があった。

 店に入ると、涼しげな鈴の音が鳴る。


「ガラス玉の店なんてあったんだな。ちょっと当たっただけで何か落としそう。気を付けて進まないと…………あ」


 一枚のポップとその横に並べられた商品に目がいく。


「『いつもお世話になっている大切な人に』か。磁気ブレスレット。肩こり解消やストレス軽減にも、か。せっかくなら俺の分も買っとくか」


 二つのブレスレットをレジに持っていき、軽く包装をしてもらう。

 鈴の音に背中を押されるように、俺は店を出る。ちょうど彩紗もジェラートを抱えて出てくるところだった。


「あ、ちょうどよかった。はい、ジェラート」


「ありがとう」


「何買ったの?」


「ううん。見てただけ。きれいだったから」


「……ふーん」


 なぜか彩紗は不満そうだ。


「え、どうしたの?」


「別に何も。まあ、確かにガラス玉って扱い難しそうだもんね」


「そ、そうだね……」


 ガラス玉にしなくてよかったー……。


「でも、私も似たようなものだよね」


「え?」


「私も扱いづらいでしょ? 誠吾ぐらいだよ。無理やり今晩の時間を奪おうとしてるのに、むしろ協力的になってくれるのは」


「別に奪われてるなんて考えてないよ。むしろ楽しいし」


「そっか。じゃあ私が考えてることはわかる?」


「え?」


 彩紗はジェラートの最後の一口を口に入れ、備え付けのごみ箱に捨てる。そしてくるりとターンする。


「どう?」


「どうって……ああ、似合ってるよ、服」


「……」


 どうやら満点回答ではないようだ。


「……で?」


「で、えーと…………可愛い」


「はっ!?」


 思わず大きな声が出てしまったようで、彩紗は口を手で隠した。


「ど、どうですか……?」


「……ありがと」


 そっぽを向いたままだが、顔が赤くなっているのだろう。


「もう食べ終わってるでしょ? 行こ!」


「えっ、ちょっと! 待って!」


 恥じらいを隠せない様子の彩紗は、俺を放って坂を上っていく。

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