勇者召喚でネットミーム化した俺は、顔を隠しても有名になってしまったらしい
小南ミカン
第1話 ダンジョン配信者
ダンジョンと呼ばれる存在は、今や危険な迷宮からSNSの撮影スポットと化していた。
少なくとも一般人の視点では。
現実は違う。
WeTuberとしてのダンジョン探索者が、グロや実利、バラエティ目当ての人気を集める一方。
攻略組と呼ばれる本当のトップ集団はインターネットの通じないダンジョン最深部で、日々命をすり減らしている。
それを考えれば俺はかなり、いや十二分に恵まれている方なのだろう。
少なくとも、命を懸けてダンジョンに挑んでいるという状況ではないのだから。
◇
「「「「ダンジョン攻略チャンネル、"ジョンリーダーズ"でぇす!」」」」
「今日の動画は何ィ?」
「今日はイケブクロダンジョンの穴場紹介してきまーす!!」
「ヨッ、恒例企画!」
「つーわけで。ランク7のオレ、リュウガと、ランク6の」
「オウマ」「ユウジーん」「しゅうと」「ローキ」
「の5人で、今日もダンジョン攻略してきま、しょう──」
5人のジャンプまで取り終えたことを確認して、俺はカメラの側面ボタンを押した。
ジャンプシーンからは、次のダンジョン内のシーンにつながるよう編集がされることとなる。
録画が止まり、撮影現場の雰囲気も気持ち緩んだように思えた。
もっとも、彼らも場数を重ねているので、もうずいぶんと自然体での動画撮影だ。
そんな中、俺はいそいそと三脚や音響機材などをかたずけていく。
「チッ、さっさとしろよ。場所取られたらどうすんだよ」
WeTubeという変化の激しい世界に生きているからか、彼らは随分とせっかちだった。
"ジョンリーダーズ"を一流のウィーチューブチャンネルに押し上げてもなお、それは変わっていない。
長く付き合ってきたが、彼らの悪態にも、もう慣れてしまった。
暇そうに苦言なんてを口にしているんだったら手伝えよ、とは思わなくもない。
しかし、真に受けて撮影機器を不用意に触れられたりしたら大変だ。
ダンジョン仕様のライブ配信機能や録画機能などは特殊な気密性が重要で、実は意外と繊細に作られているのである。
◇
ところ変わってイケブクロダンジョン内。
イケブクロという名前でピンとくる──、なんて人はもう少なくなってしまったかもしれないが。
ここは、かつて大都市圏の一部として有名だった場所だ。
ダンジョン災害の発生によって、巨大都市圏は芋づる式にダンジョンに飲み込まれた。
おかげで人口は災害直後で1/3が亡くなり、その後の食料問題で残った内のさらに1/3が命が失われ、政情不安でさらに1/3が殺された、とまで言われている。
しかし、人類は残った人々でなんとか文明を立て直し、今の安定した社会を取り戻した。
それどころか、ピンチをチャンスとしてきた人類は、ダンジョンから産出される資源で、さらに社会を発展させようとしている。
そんな中、最も注目されるダンジョン地域の一つが、東海道-山陽地域をひとまとめにしたトーカイドーダンジョン群だった。
ボスウォッシュやブルーバナナに代表されるメガロポリスを有していた国や地域は、その人口を犠牲に一大資源国となったのである。
ゴトリ、と"スケイルブル"の、牛に似た角が生えた爬虫類のような首が地面に落ちた。
直訳で鱗牛と和名が付けられたこの動物は、ダンジョンに出現するモンスターの一種だ。牛のような体格だが鱗と甲殻に覆われていて、爬虫類に似た特徴も持っている。
スケイルブルの頭部甲殻は非常に頑丈で、探索者の防具などはもちろん、耐衝撃性が必要となる工業機器に数多く導入されていた。
まあ、早い話。高く売れるオイシイ獲物なのである。
ただし、ジョンリーダーズの目的は、あくまでその紹介だ。
石油を掘る道具を売った商人が儲けたように、方法を動画として投稿するWeTuberがもっとも楽に儲けられると言われている。
「おっシャア!! ラクショー!!」
「あのクソ太い首を一刀両断! クラス7はやっぱスゲェわ! リュウガさん」
「オイオイよせよ! でもまあこれは没だな。オレがつえぇだけだし」
「いや、むしろリュウガのカッコいいシーン入れた方が、再生数伸びるんじゃね」
「じゃあ、視聴者向けと両方撮って、適当にシーン二つ入れて動画にすっか」
ちなみに、その"適当に動画にする"のは俺の仕事だ。
「それじゃ、もうワンカットいくぞ」
ジョンリーダーズの狩りは単純だ。
タンクの"しゅうと"こと相原修都と"ユウジーん"こと西野雄二がスケイルブルを抑え、残りの三人がタコ殴りにするというもの。
モンスターの湧きを待つスタイルのため、処理が追いつく限りは1体しか相手にする必要がない。ゆえに、戦闘ではなく狩猟だ。
大手WeTuberという金満だからこそ、俺のような攻略組の探索者を雇い、安全マージンを広く取っているが。分け前を考えたら非効率だと言ってくることさえあるだろう。
しかし、今回こそはそれがいい方向に転んだ。
「な、なんだコイツ!!」
「ただのワンダーポップだよ! 焦んな!」
本来定期的にスケイルブルが現れるはずのポップエリアに、新たに姿を現したのは、熊のような二足歩行の巨体だった。
鱗牛と同じように爬虫類を無理やり熊の形に捻じ曲げたような見た目だが、二倍ほどの体格差がある。
最前線でも見たことのあるモンスターだ。
確かそのまんまスケイルベアと名付けられていたはず。
スケイルブルがランク6に相当するモンスターなのに対して、スケイルベアはランク7相当。
しかし、それでも本来ならリュウガこと赤間竜雅がランク7である以上、問題はないはずだ。
多少、タンクのリスクは高くなるが、二人もいれば十分に抑えることができるだろう。その隙にリュウガが攻撃を叩きこめばいい。
ただそれは、リュウガに本当に実力があれば、の話である。
「クソッ!! 削り切れねぇ!」
ガキンとスケイルベアの表皮に食らいついたリュウガの剣は、しかし表面を撫でるようにして振り切られた。
モンスターとの戦闘は、魔力スキンなどと呼ばれるアロステックコーティングの削り合いだ。
探索者とモンスター、双方が、表皮を覆うように形成される魔力によるコーティングを持っている。
このスキンを、魔力で削ることで、初めて肉体にダメージを与えることができるようになるため。いかにして効率よくスキンを削って本体にダメージを与えるのかが重要となるのだ。
それを考えれば、今回のリュウガはといえば、力不足というより他ないだろう。
削り切れなかった、などといい訳じみたことは言っているが。彼の武器はスキンを削ることよりも、なるべく局所的に削ってそのまま強引に肉体へのダメージを通すことに主眼が置かれている。
これも戦闘よりも狩猟をメインにする、効率重視の探索者の装備の特徴だ。
つまり、通用しなかった時点で、粘り勝ちなどに持っていけるような装備ではない。
彼らがスケイルベアに手間取っている間に、新たなスケイルブルが出現したことを確認して。俺は介入することを決断した。
カメラなどの撮影機材を手早く片付けて、己の獲物を持ってスケイルベアの元に駆け寄る。
大きく振り下ろされた金属的重厚感を放つ塊は、リュウガが一度武器を当てていたスケイルベアの首元に組み付いて、突き立った。
すぐさま、ガチリと取っ手を強く握ると。
リーンという甲高い振動音とともに俺の握る武器は刃を震えさせ始めた。
俺の握っている武器は、電動ノコギリによく似ていた。
しかし、エンジンなどの機構はなく。刃もまた、金属製のソーチェーンではなく、半透明の結晶のようなもので構成されている。
よく見れば、一繋ぎのチェーンではなく、刃元から切っ先にむけて逐一チェンソーの刃が生成されていることがわかっただろう。
グラインドソードと呼ばれるこの武器は、リュウガの武器とは真逆でスキンを削ることを重視している。
しかし、それでも力さえ籠めれば押し切ることは可能だ。
キックバックしそうになる衝撃を無理やりに腕力で押さえつけて、刃を押し付け続けると。
まるで見えない壁に阻まれていたように止まっていたグラインドソードが、徐々にスケイルベアの首元に近づいていき、ついに無残にその肉を抉り削りながら首を断ち切った。
しかし、ここで止まるわけにはいかない。
俺はさらに刃を返すように構えなおして、ジョンリーダーズの背後に迫っていたスケイルブルを両断した。
追加のポップがないことを、しばらく確認して、グラインドソードの稼働を止める。
これで、用心棒の役割は果たせたといったところだろう。
そんな一仕事を終えた俺に、近づいてきたリュウガが放ったのは、思いもよらない言葉だった。
「なんで入ってきやがった!! 最高の取れ高になってただろうがッ!!!」
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