その2 神殿の控え室
意気揚々と迷宮から出てきた俺は、街を通って神殿に向かう。「新たな勇者様だ!」「どうか魔王を倒してくださいませ!」などと喝采を浴びて気分はすっかり――
「どうしたぁ? 救世主様の気分かぁ?」
突然、道端にへたり込んだ男が、俺に向かってろれつの怪しい言葉を浴びせかけてきた。俺の物によく似ているが色のくすんだ鎧を身につけて、投げやりそうな雰囲気でこっちを見ている。
「浮かれて神殿で大事なこと見落とすんじゃねぇぞ。命あっての物種だぜ?」
それだけ言うと、いかにも心折れた戦士という風体の男は酒らしき飲み物をあおっていた。
情けないおっさんだ! きっと魔王が怖くて逃げ出した転生者のなれの果てに違いない。俺はああはならないぞ!
修練の迷宮から戻った俺は巫女さんに連れられて、神殿の建物を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。さわやかな風が巫女さんの髪を緩やかになびかせ、彼女の身につけた香水らしいほのかで爽やかな香りも届いてくる。はるか向こうには雄大で荘厳な山脈が白い雲を被ってそそり立っている。その手前には尖塔の付いた城のような建物も建ち、あれが次の冒険の舞台なのかなと高揚感が高まってくる。
視線を下に向けていくと、30基くらいはありそうな墓がずらっと並んでいる。どれも新しそうに見える。何となく巫女さんに尋ねてみた。
「この下にある墓って、誰のお墓?」
「あなた様より先に戦った勇者の皆様です」
多分、俺と違ってせいぜいレベル20とか30とかの連中だったんだろう。さっきの手鏡を取り出して自分自身を映してみる。レベルは102に上がっている! 負ける気がしない! さっきのおっさんとは違うんだ!
ふと手鏡を裏返してみると、そこには35という数字が刻まれていた。どういう意味だろう? 俺の頭の中の疑問を、目の前を歩く巫女さんの、魅力的だがどこか物憂げな姿が一瞬で忘れさせてしまった。
本番の冒険に出るまでの間、俺は神殿の一室で過ごすこととなった。部屋の調度品は豪勢で、また運動したり剣を振るったりするには十分な広さで、窓も大きく開けることはできた。でも廊下から外に出ることは認めてもらえない。せっかくの金貨が宝の持ち腐れだ。
その代わり、日中は多くの時間、あの巫女さんが一緒に付いてくれるのだ。下級の神官らしい地味なおばさんが持ってくる豪勢な料理を食べながら、巫女さんと俺の元の世界での思い出話に花を咲かせる。料理は美味しく、バリエーションも十分にある。まるで軟禁だなと思わないこともないが、なんせとびっきりの美人である巫女さんが隣についていてくれるのだ。俺のいまいち上手くない話にも相づちを打ってくれたり、こちらの話を上手く引き出して、会話が飽きることはない。ただ、その表情は時折、どこか奇妙なぐらいに悲しげな表情を見せる。そんな時は色々ネタをひねり出して笑わせてみた。声は笑っているのに顔は笑いが感じられない。何か悲しいことでもあるんだろうか?
彼女が部屋を離れているあいだは、剣を振るったり、窓から魔法を放つ練習をしたりしながら時間をつぶす。こっそり外に出てしまおうかとも思ったが、それよりも巫女さんが待ち遠しかった。
元の世界では女の子と付き合ったことなんてなかった俺は、巫女さんに、思い切って一晩一緒にいないかと誘ってみた。そうしたらつれない返事しか返ってこない。おいおい、俺は勇者なんだぞ、レベル102なんだぞ、ちょっとくらいお泊まりするくらいしてもいいんじゃないか?! それとも勇者とは関係を持ってはならないとかいった決まりでもあるんだろうか。
規則は破るためにある、とか、昔見たアニメで言っていたような気もする。思い切って手を握ってみたり、色々とアピールしてみたが、全く動じてくれない。このとき彼女は何も言わず部屋から去ってしまった。なんてこった。
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