第5話 奥の手 その4
そこへ、理久の左手から解放され、元の姿に戻った宵闇が告げる。
「残念ながら、次の――最後の、ト・ドゥーフ剣、ナンバー四七が、覚醒できるまで、まだ、少し、時間が、かかる。オマエ、たちも、残留呪ELが、やばい、はず。とっとと、帰るが、いい。そして、出直して、こい」
そう言って背を向ける。
しかし、ふとなにかを思い出したかのように振り返る。
「あ、ひとつ、教えて、やる」
思わぬ言葉に理久、華穂、小雪、颯がそろって首を傾げる。
そんな四人をバカにしたように宵闇の顔面で波形が揺れる。
「自爆装置、ありゃ、嘘、だ」
言い捨ててくるりと背を向け、歩き出す。
思わぬ言葉にぽかーん状態の理久、華穂、小雪、そして、颯だったが、我に帰った理久が遠ざかっていく宵闇の背にそっと左手を伸ばして手のひらを向ける。
今ならこのアンドロイド幹部を倒すことができるのではないのか。
初遭遇の時は確かにダメージを与えることはできなかったけれど、今なら、背後から隙を突けば倒すことはできなくてもいくらかのダメージを与えることはできるのではないのか。
そんなことを考えて呪能砲の発射態勢に入った理久を、その指先から華穂と小雪と颯が見ている。
しかし、その表情は発射を促してはいない。
なにか言いたげな、それでいて、なにか迷っているような、曖昧な、あるいは困惑しているような複雑な表情を浮かべている。
「ちっ」
舌打ちとともに理久は左手を下ろす。
あまりにも無防備な宵闇の背に呪能砲を撃つことができなかった。
この侵略者にダメージを与えられるかもしれない千載一遇の機会だったはずなのに、いざとなると後ろめたさとも罪悪感ともつかないものが理久を縛りあげ、呪能砲を撃たせなかったのだ。
華穂たちも同じ感覚だったらしく、下ろした左手からほっとしたような表情で理久を見上げている。
理久は足元の土をひとつかみして――
「バカにしやがって」
――と、すでに小さくなっている宵闇の後ろ姿に投げつけた。
同じく宵闇を見送る華穂がつぶやく。
「元の姿に戻ることだけが目的だったんだね」
「ずっと戦ってきたけど……
その小雪に颯が声を掛ける。
「でも、引き換えに綺羅ちゃんが戻ったんだから……。早く帰ろうよ」
小雪が頷く。
「にゃん」
同時に――
「ここは境界域ですの?」
――薬指の少女、綺羅が目を覚ました。
颯が振り返り、綺羅の手を握る。
「よかった、綺羅ちゃん」
華穂も大きく両手を振って声を掛ける。
「綺羅ちゃん、大丈夫?」
しかし、綺羅は答えず――
「私の身体はどうなっているんですの?」
――自身の下半身を見下ろし、そこからつながる理久を見上げる。
一連の動作こそ颯の時と同じだがその表情は落ち着き払っている。
オトナ風の髪型と三白眼のせいで落ち着いて見えるだけかもしれないが――理久がそんなことを思った時、華穂が綺羅へと声を掛けた。
「あ、大丈夫。理久さんは信用していいから」
そう言われては理久としてもぼけっと黙っているわけにはいかない。
「な、七尾理久だよ。よろしく」
理久なりに無理して作った笑顔と明るい声色で警戒心を解こうと努めたが、その意図が伝わってないのかそもそも相手にされてないのか、綺羅は無表情のまま理久を見上げている。
「……」
「……」
しばらくそうやって見つめ合ったのち、綺羅はふうと息をついてワンレンの髪をかき上げる。
そして、華穂、小雪、颯を見渡し、背後に残された理久の小指を見る。
「
颯の向こうから小雪が遠慮がちに答える。
「瑠奈ちゃんは……まだ
おどおどと颯が左右に位置する綺羅と小雪を見比べる。
「あ、あの、帰らないの?」
華穂も声を上げる。
「そーだよ、宵闇の言う通り、残留呪ELも少ないし、ト・ドゥーフ剣もいないし、早く帰ろうよ」
「じゃあ、そうするにゃん」
小雪が“意義なし?”とばかりに理久、華穂、颯、そして、綺羅を見渡す。
しかし――。
「いえ、まだですわ」
綺羅は全員の視線を受けながらたじろぐこともなく、揺れる八本の触手を毅然と見上げる。
「瑠奈を連れて帰るのですわ。あそこのどこかにいるのでしょう?」
小雪が答える。
「いるけど……。綺羅ちゃんの残留呪ELも相当やばくないにゃん? 出直した方がいいにゃん」
その言葉に華穂と颯、そして、理久も頷く。
それでも綺羅は譲らない。
「瑠奈だけを置いて行くわけにはいきませんの」
その時、初めて聞く声が理久たち五人に語り掛けた。
「心配しなくていいざます、ぶくぶく。オマエら全員を今からこの場で殺すざますから、ぶくぶく」
全員が目を向けた先で触手の根元から姿を現したのは――タカアシガニの慄冽と浮遊乳児の索漠。
そこに宵闇が合流する。
思わぬ“三役そろい踏み”に身構える華穂、小雪、綺羅、そして、理久。
颯だけが涙目で左右の小雪と綺羅の手をひいて訴える。
「なんかやばいよ、もう帰ろうよ」
宵闇が慄冽のかたわらに浮かぶ一振りの剣に顔を向ける。
理久はそれが最後のト・ドゥーフ剣ナンバー四七であることを直感する。
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