第4話 合わせ鏡 その2

 “侵略者”のイヤユメが介入できる最前線であり夢の世界の最深部――境界域で、理久は改めて周囲を見渡す。

 華穂とともに索漠を追ってきた時とは違って十本の触手はすぐ間近にあった。

 転送装置よりよほど小雪の転送は精度が高いらしい。

 横一列に並んだ十本の触手はなにかのオブジェのように荒れた大地から屹立し、くねくねと躍っている。

 その異様な光景に、ここが“侵略者を迎え撃つ最前線”であることを思い出した理久の全身を緊張感が駆け巡る。

 その“侵略者”は、カニの慄冽、アンドロイドの宵闇、浮遊乳児の索漠。

 そして、その三幹部が使役するト・ドゥーフ剣。

 理久がその姿を探して周囲を見渡そうとした時――

「来た、か。待ってた」

 ――投げ掛けられた、初めて聞く女の声に顔を向ける。

 横一列にならんだ触手の一本、その向こうから姿を現したのはアンドロイドの宵闇とそのかたわらに浮かぶ、光をまとった一振りの剣。

 いきなり現れた敵にぎくりと硬直する理久だが、その手元から小雪が宵闇に言葉を返す。

「あれ? 慄冽と索漠はどうしたにゃん?」

 その口調には緊張の欠片かけらもない。

 これが“二戦目の理久”と“ずっと戦い続けてきた小雪”の差なのかもしれない。

 一方の宵闇はチューブトップの胸元を押さえるように腕組みをして――

「慄冽、は、オマエら、に、やられて、瀕死状態の、索漠を、処置、している」

 ――独特のたどたどしい口調で答える。

「と、いうわけ、で、我等、が、今回、の、相手」

 その言葉に小雪と華穂が興奮気味に声を上げる。

「それってつまり、索漠の敵討ちにゃん?」

「愛が通じたんだ? よかったねえ索漠」

 意味がわからず怪訝な目で見下ろす理久に小雪が笑いながら告げる。

「索漠は宵闇のことが好きなんだにゃん」

 さらに華穂がキラキラとした表情で何度も頷く。

「その愛に宵闇が応えたんだよ、うんうん」

 しかし、宵闇は目の位置に表示させた波形を大きく乱しながら苛立った声で返す。

「んなわけ、ねー」

 そして、かたわらに浮かぶ一振りの剣に手をかざして叫ぶ。

「覚醒、しろ。ト・ドゥーフ剣、ナンバー、四六」

 剣が閃光を放ち、昼間のナンバー四五とよく似た大きさ――つまり、軽自動車クラス――の臓物塊へと姿を変えた。

 ナンバー四六は“だべ? だべ?”と奇妙な鳴き声ともうなりごえともつかないものを発するが、特に動こうとはしない。

 じっと同じ位置で理久たちの動きを窺っている――のかもしれない。

 というのも、目も顔もない、どっちが前かもわからない臓物の塊ゆえに、なにを考えているのか、なにをしようとしているのかが、理久には想像もつかないのだ。

 それでも“敵であることだけはわかっている”と、理久は左の手のひらをナンバー四六へ向けて呪能砲の発射姿勢をとる。

 が、次の瞬間、ナンバー四六のかたわらにさらに大きな――ナンバー四六が軽自動車サイズならこっちは大型バスサイズの――臓物塊が現れた。

 思わぬ展開に理久が慌てる。

「な、仲間を呼んだぞっ」

 答えたのは小雪。

「ナンバー四六の固有能力なのかもしれないにゃん。ト・ドゥーフ剣はそれぞれが違った能力を持ってるからそういうヤツがいてもおかしくないにゃん」

 大きな臓物塊は“がんす、がんす”と鳴きながら自分より小さなナンバー四六の周囲を衛星か、あるいは飼い主にまとわりつく犬のように周回し出す。

 その様子に華穂が小雪を見る。

「あの鳴き声ってまさか。ナンバー一六?」

 小雪の表情が“確かにっ”に変わる。

「そうだにゃん。前にやっつけたやつだにゃん」

 ひとりだけ戸惑っている理久が問い質す。

「なんで区別がつくんだよ」

 小雪が理久を見る。

「ト・ドゥーフ剣は大きさと鳴き声がみんな違うんだにゃん」

 さらに華穂も。

「お昼のナンバー四五は“われー、われー”って鳴いてたでしょ」

 理久の脳裏に索漠とともに学校へ現れた臓物塊がよぎる。

「確かにそうだった――気がする」

 つぶやいたのと同時にナンバー一六が理久目がけて飛来する。

 そこで初めて理久は気付く。

 ナンバー一六を構成する臓器の隙間から刀身が伸びていることに!

「理久さん、こっちっ」

 昼間と同様に華穂に引っ張られてナンバー一六の襲来をかわす。

 理久は転倒しそうになるのを堪えながら、湧き上がる不安感に真っ向から立ち向かうべく声を荒らげる。

「でかいし早いし、そのうえ武器まで持ってるしって。そんなの聞いてないぞっ」

 その左手では華穂が小雪に問い掛けている。

「ナンバー四六の能力ってナンバー一六を召喚すること?」

「そんな感じだにゃん。今、解析ちゅーだにゃん」

 理久が、通り過ぎたナンバー一六の再来を警戒して振り返る。

 数十メートル向こうでナンバー一六が軌道を変えて戻ってくるのが見えた。

 理久が向き直り、左手を構えようとする。

 が、次の瞬間にはナンバー一六は理久の間近に迫っている。

「速いっ」

 思わず叫ぶ理久を華穂がぐいとひっぱる。

 その親指に引きずられるように理久の身体が刃をかわす。

 そこへ小雪の声が告げる。

「解析結果が出たにゃん。ナンバー四六とナンバー一六はなんと――兄弟だったにゃん」

「兄弟……だと?」

「え、そーなんだ。ていうことは……兄弟愛? きゃー」

 ぽかん顔の理久となぜか興奮状態の華穂に小雪が答える。

「大きいナンバー一六が弟ちゃんで小さいナンバー四六がお兄ちゃんだにゃん。ナンバー一六弟はナンバー四六兄のためなら身の危険も顧みないにゃん。そんなナンバー一六弟をナンバー四六兄は召喚して盾にしたり、代わりに戦わせたりするにゃん。それがナンバー四六兄の能力だにゃん」

 華穂が口をとがらせる。

「なーんだ、兄弟愛じゃないんだ。なんか、がっかりい」

「……」

「理久さん?」

 ふと異様な空気を察した華穂が理久を見る。

 答えない理久の全身からは“怒り”にも“不快感”にも見える空気が滲み出している。

 それが華穂の感じた“異様な空気”の正体だった。

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