第3話 ギンナン・トラップ その2
冰雨の言葉通り、家では両親が待っていた。
文科省の名刺を差し出されてかしこまっている両親に、冰雨は応接室での内容をかなりかいつまんで告げた。
そして、最後に――。
「ということで、しばらくお預かりします。お着替え含めた身の回り品から、食事におやつにお小遣いの支給まですべてこちらで用意させていただきますのでご家族様による準備やご負担は不用です。以上、文科省の宇部冰雨でした」
「は……はあ」
ぽかんと頷く父のとなりで、母が目線を冰雨から理久に移す。
「お任せしますけど……その手、どうしたの?」
もちろん正直には答えない。
「ああ、学校でぶつけて……」
そこへ冰雨が割り込む。
「もちろん、治療は引き続きこちらで全額負担の上、責任を持って行わせていただきます。なにかご質問はございますか?」
「いや……」
慌てて書類に目を落とす父のとなりで母が答える。
「まあ、お国のやることですから……よろしくお願いしますとしか」
父が「そうだな」とひとりごちて頷く。
「それでは――」
冰雨が理久に頷き掛けて席を立つ。
「――これにて失礼します。連絡先や詳細な保証事項等々につきましては添付に記載の通りですので御確認ください。では」
両親に一礼する。
慌てて立ち上がった理久も「じゃ行ってくるよ」とだけ伝え、ふたりでリビングを出て玄関へ向かう。
「なんかわからんが、がんばれ」
「ご迷惑かけないようにね」
両親から見送られて自宅をあとにした理久は助手席で大きく息を吐くとギプスを外しながら考える。
ところでこれから、どこに行くんだ?
そんな理久の心中を見透かしたかのように冰雨が告げる。
「これから向かうのは、私たちの本部です。理久くんにはそこでしばらく暮らしていただきます」
唐突に現れた耳慣れない言葉に思わず問い返す。
「本部?」
その手元で華穂と小雪が「わーい」と歓声を上げながらハイタッチ。
冰雨はそんなふたりを横目でちら見してふっと笑う。
「ICR――イヤユメ対策室です」
もちろん理久には初めて聞く名前だが、その印象からすると華穂と小雪にとっては本拠地ということになるのだろう。
そう考えればふたりのはしゃぎようも理解できるが、本拠地どころかまさしくアウェーな理久は心中で湧き上がる不安を感じる。
それでなくても昼休みからずっと“わけのわからないこと”が続いているのである。
説明らしい説明をまだ受けてない理久の状態は、ある意味では拉致されたのも同然の状況なのだ。
そんな理久の不安感や警戒心を解こうとしてか冰雨が続ける。
「詳しいことはそちらでお話します。安心してください。私たちは国の特務機関です」
「……はあ」
“特務機関”ていうのがそもそも仰々しくて、余計に不安を煽るんだけど……――そんなことを考える理久は生返事で答えるしかない。
そこへ左手の華穂が――
「ね? 言った通りでしょ」
――ささやいてウインクする。
その表情に理久は少しだけ不安が和らぐのを感じた。
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