『夢のまた夢のまた夢。』

やましん(テンパー)

『夢のまた夢のまた夢』

 

 『これは、今日の夢を脚色したものです。』




 自宅から電車で3時間以上かかる職場での飲み会のあと、借りていた小さな小屋のような家(秘密基地と、呼ばれる。)まで、歩いて帰ろうなんて、無謀なことをやり始めた。


 『ダイジョブかいな。ちゃんと、帰りを確保しとけよな。』


 と、出世した同期が言う。支店長である。


 ぼくは、病気したし、事実上は、ひら。


 こいつは、比較的この近くに住んでいて、奥様が高級車で迎えにきてくれる。


 けっ。あんたは、給料高いでしょうよ。


 ぼくの、怪物が出そうな借家は、結構、山の中の、小さな小川のほとりにある。


 ほんらい、公共交通機関も、ほぼない、山奥の出張所との、両方に通うために借りたままにしていた社宅である。


 けさ、どうやって来たのかなんて、すでに、覚えていない。


 もう、年よりのマイカーは、今日は借家に置いたままにしていた。


 実は、あまり、走りたくはないらしい。


 この街からは、歩いたら2時間以上は、かるくかかるし、ひどく坂道だし、あたりには、たいして、人は住んでいない。衛星アンテナがやたら目立ち、まあ、小さな要塞みたいだ。ライフラインはあるから、よほどのことでもなければ、街まで車で行き来すれば、たいして不便はない。しかし、最近の核攻撃並みの雨は、かなり危険であった。



       🚀



 まあ、のんだ勢いというやつだ。


 ここは、小さな地方都市だが、市長さんが無理したので、中心部はわりにおしゃれで明るくて、大きめのビルもある。二重構造の歩道が『うり』である。上側の歩道からなら、最近話題の火山も、山頂が見える。たぶん、二億年ぶりに、小さな噴火をしたのだ。お陰で、遊びにくる人が増えた。大爆発を予言する学者さんもいたが。


 しかし、わりあいに街なのは、ちょっとの範囲だけだ。


 で、肩掛け鞄と手さげ袋をふたつぶら下げて、ぼくは、夜の街を歩き始めた。



       🏙️



 ぼくは、街中の、その長い高架歩道を歩いていた。


 この街の、シンボルみたいなものだ。しかし、見晴らしがよいのと、たぶん、自動車からは安全なこと以上の、あまり、深い意味はない。観光歩道である。


 平日で、もう、夜も8時すぎているから、あまり、人通りはない。


 しかし、厄介なことが起こった。


 ぼくの肩掛け鞄は、かなら前から、チャックが甘くて、なんと、ばかっと、急に口が開けたのであったのだ。


 『ややややややあ。』


 たいへんである。


 下側は、道路とその歩道。


 となりには、ちょっとした川が流れていた。


 借家のほとりの川の本流である。


 鞄の中身がはみ出したのだあ。


 ばさっ!


 大きめなのが落ちる。


 ついでに、手さげ袋を落っことした。


 仕事用の、パンフレットと、なぜだか、ごむぞうり。


 手さげ袋は、川側の側溝にひっかかっている。


 こいつを、手を伸ばして、まず、なんとか引っ張りあげた。


 次が肩掛鞄の中身だ。


 幸い、細かい、重要な免許証とか、財布とか、カード類が入ったケースみたいなのは散っていないらしかった。


 明るい街灯が助けになる。


 なんとか、脱落したものを拾い集めにかかり、ほぼ、回収したとは思い、さらに、あたりを確かめにかかった。


 と、突然、街頭が消えた。


 『わ、9時か。』


 節電のため、高架歩道の街灯は、土日祝日など以外は、9時で消灯になる。


 下側の街灯とか、ビジネスビルの明かりが、ほそぼそと、灯ってはいるが、周囲はかなり、暗くなった。


 『わあ。もう、散ってるの、ないよなあ………やだなあ。今日は懐中電灯ないし。』


 いささか、脅迫性障害気味の自分である。


 こういうのは、きわめて苦手である。


 だから、へましないように、常日頃から、かなり気にはしていたが、ついでに、性格的にあちこちに抜けているところがあったから、なにかと、予想外の事態が発生してしまったりするのだ。しかも、突発事態は苦手である。


 しかし、こう暗くては、どうにも、歯が立たない。諦めるしかない。


 酔った勢いなんて、あっという間に消し飛んでしまった。


 『最初から、あるくべきではなかったなあ。特急の最終便でなら、自宅にも帰れたなあ。どっちも高くつくけどな、駅前なら、まだ、タクシーもいたしなあ。』


 しかし、すでに手遅れ。


 今からは、もう、自宅には帰れない。


 タクシーは、まあ、電話で呼べばくるだろうが。


 しかし、お金が、たぶんあまりないぞ。


 タクシーといふものは、やたら、お高いから。


 ぼくは、後ろ髪を、暗い川の中の謎の空間に引きこまれるかのように、ふらふら、歩き始めた。


 まだ、人通りは、いくらかある。


 なにやってるんだか分からないが、女子学生たちが、ぶつぶつなにごとかを話ながら、数人あつまってきていた。なんだか、危険を感じる自分であった。



 高架歩道は、次第に狭くなってきていて、ちょっと怖めになってきた。この先で、下の道に合流し、無くなってしまう。街はそこまで。


 だから、早めに下側に降りた。


 左側には、薄暗い病院があり、看護師さんらしきふたりが、でっかい赤ちゃんを抱えて歩いていた。


 頭だけで、ぼくの胴体くらいはありそうだ。


 たいへんに、ビッグな赤ちゃんである。


 ちょっと、微笑ましい。


        👶


 あ、しかし、まずいな。


 お手洗いに行きたくなってきたぞ。


 こいつは、計算に入れてなかった。


 さあ、困ったな。


 なぜだか、この街には、駅前にしかコンビニがない。


 あたりに、適当な店や施設も見当たらない。ガソリンスタンドも、駅前にしかないときた。


 だいいち、デパートはあるが、スーパーがない。


 考えてもみてください。


 夜中に、お手洗いを借りるというのが、いかに、厄介な事であるかを。


 あ、そうだ、たしか、行きすぎた反対側に、しゃれたホテルがあったな。


 あそこしかないか。


 『といれ、使わせてください。』


 と、まあ、べつに、言わなくてもいいかな。


 でも、時間が時間だらかな。


 ついでに、この際、泊れないかどうか聞いてみるか。たまには、良かろう。


 すっかり、夢心地から、さめてしまった。


 ぼくは、後戻りを始めた。


 そういえば、いくらか、飲み屋さんがあるのではないかと、脇道を見たら、赤い光がいくつか見える。


 『やきとうふ。』


 『かざんやき。』


 『やきとり。うどん。カレー。』



  などなど。



 しかし、いまさら、ホテルが先だろ。



 と、歩いていると、見覚えがある人たちがやってくる。


 他の支店の連中だ。


 こんなとこで、なにしてる。


 『やあ、先輩、ひさしぶり。こいつの、結婚祝いのミニパーティーなんですよ。こいつ、この隣村に住んでるから。今夜は、そこに泊まる。その前に、あのラーメン食いに行きます。行きませんか?』


 『はあ、お邪魔になるし。』


 『なんの、ぼくのくるまで送りますよ。あの秘密基地でしょう? ぼくは、まだ、飲んでないす。』


 『まあ、そうだけど。』


 『よるは、まだ早い。あさは、10時から。楽勝すよ。』


 そこで、このグループは、わりに仲良しでもあり、しっかり、付き合ったのだ。


 非常に助かるし。



 焼き鳥ラーメンを頂きまして、それから、駐車場にまわり、その、火星でも走れそうな、四駆の自動車に乗せてもらった。



 ああ。しかし、起こるべきは起こるのだ。


 なんと、例の火山が、大噴火したのである。

     


        🌋



 それも、甘くみたぼくらを、嘲笑うかのような、信じがたい規模だった。


 火砕流が、あっという間に街に流れ込んできた。


 早い!


 ぼくらは、逃げた。


 それは、秘密基地の方向にである。


 ぼくの、いわゆる秘密基地は、火砕流が流れる方向の反対側になるとおもわれた。


 しかあし、それは、間違いだった。


 なんと、山々を超えて、火砕流は、ぼくたちの車の方角にも襲いかかってきた。


 『わあ。まずいす。しかし、道から外れたら、落ちます、落ちます。』


 『下側は、川だよ。さすがに、この谷は、越えないかも。』


 実際に、運良く、火砕流は、ぼくらの眼下すれすれを、谷沿いにかけ降りて行く。


 『あついな。』


 『あの、丘の上が、秘密基地でしょう?』


 『そうです。頂上す。』


 『行きます。あとちょっとだ。』



 沸き上がる火砕流が迫る。


 こんなこと、有っていいわけがない。


 街はどうなった?


 支店長は、やられたか?


 どこまで、破壊されるのかあ?



 しかし、ぼくらは、無事なまま、ついに、秘密基地に、たどり着いたのであった。


 


 そうして、ぼくは、実際に、お手洗いに行くことが出きたのである。




        おわり


 


 


 


 

 

 


 


 


  


 


 


 


 


 

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『夢のまた夢のまた夢。』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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