サマーカット猫ちゃん

深山うつつ

第1話

サマーカット猫ちゃん


 暑い。


 天気予報では今日も最高気温の更新がおこなわれ、明日以降も厳しい酷暑が続くのだと無慈悲な情報がもたらされている。夏は暑いものだと言うがここ数年の気温はやはりおかしい。

 冷たさ持続6時間を謳い文句にしていた肉球ひんやりグローブも力及ばずといった具合で日傘を握る手がじっとりと汗ばむのを感じる。きっとひんやりグローブは悪くないのだ。実際ひんやりしていたし涼しかった。

 この炎天下が異常なだけだ。ひんやりグローブのメーカー様には今後もこのシリーズを世に出してほしい。


 異常気象だなんだと言われ続ければこれが普通になってしまうのかもしれないが、普通になるには我々の毛皮はぶ厚すぎる。大人しく家に引きこもり、大昔のご先祖がそうであったという夜型の生活を取り入れればいいのだろうか?いや、日差しからは逃れられるかもしれないが夜も十分すぎるほどに暑い。連日の熱帯夜を知る限り夜だって危険である。

 我々猫類が現代の気候に対応するために生物としての進化を待つのでは遅すぎる。それほどまでに危機を感じる暑さだ。

 冷房に頼り、水分を取り、適切な食事をここころがけても尚、この毛皮は私を苦しめている。私は長毛種の生まれだ。短毛種だってこの暑さは厳しいという。長毛にとっては地獄というやつだ。


 ならばと、今回意を決したこと。それがサマーカットである。ひと昔前なら毛刈りと言われていたアレである。普段ふわふわな我々とはかけ離れたあるまじき細さに見えるアレだ。

 とはいえ、サマーカットなどと言う洒落た名で呼ばれるようになったころから、毛の刈り方もだいぶ変わったようであり、私の中にある古い毛刈りのイメージとはだいぶ異なってきているぞ。というのがここ最近の印象でもあった。

 流石の私も、昔のイメージのままの毛刈りであったなら実行しようとは思わなかっただろう。私は長毛種であること自体は気に入っているのだから。

 きっかけは、行きつけの美容院の店主の勧めであった。ちなみに去年も勧められたが断っている。去年は耐えた。その耐えた記憶と、今年の暑さから導き出した結論は今年はサマーカットをしてみよう。だったのである。私は追い詰められていたのだろう。


 美容院を予約し、日傘をさして街を歩く。毛皮が焼かれるというよりは蒸されてく感覚にうんざりしながら、夏の空を遠くに眺める。途中すれ違う猫々の中にはすでにサマーカットを終えた姿の者も見られた。流行になっているからなのか若猫が特に目立ったが(彼らはファッションを楽しむようにサマーカットした身体を自慢している風にも見える)、以外にも高齢のご婦猫の姿もあり、そういえば命を守るためにもサマーカットは推奨されていると聞いた記憶を思い出す。ご婦猫は短くした毛皮に軽いショールを羽織ってなんとも上品な夏のファッションを楽しんでおられるようだった。

 やはり、昔の毛刈りとは変わったのかもしれない。技術的なこともそうだろうが、猫側のとらえ方が変わったのだろう。昔の毛刈りにはどうしてもやむにやまれぬ事情があって(例えば、怪我であったり病気であったり)行われる印象が強く、暮らしやすくだとかファッションのために行われることはほとんどなかったように思う。稀に芸能猫がファッションとしてのサマーカットで姿を見せると話題になったが、真似をしようとする者は多くなかったし、ここ数年のブームと呼ばれるほどの動きには繋がらなかったのだ。しかし、ここ数年のブームで当時の芸能猫がサマーカットを先取りしていたなんて雑誌で特集が組まれているのを見る限り、あの芸能猫は成功したのだななんて思ってしまう。

 もちろん、サマーカットしていない長毛の姿だって多い。去年の私がそうであったように工夫して気を付けて過ごせばなんとか夏を乗り切れるだろうし、やはり自分の毛皮が好きな猫は多いのだ。どちらでもよいのだ。サマーカットしてもしなくてもどちらを選んでもよい。どちらも夏の風景として違和感がない。そういう風潮というか時代になったのだろう。それは良いことのように思う。

 美容院に行くまでの道。その風景で、私の中にある一歩を踏み出す勇気と踏み出すのを躊躇う不安とを混ぜ合わせながら。はじめてのサマーカットに一歩一歩近づいていく。


 結論として、サマーカットは正解だった。私にとってはである。全ての長毛種に薦めるとかそういうことは言わない。たぶんこういうのは美容院とかとの相性もあるだろう。どのようなサマーカットを求めているのかを伝えるのに失敗したら悲しい思いをすることもあるのだろうなと感じてしまった。私はあまり店員と会話をすることを好まないたちだが、数年通った場ということもあり店主は私の要望をうまく汲み取ってくれた。

 暑さに耐えかねているので熱がこもりにくくなるようにしたい。けれどあまりに短くし過ぎるのは不安である。とくに顔周りはあまり手を入れたくないが、それで身体と差が付きすぎるのもアンバランスに感じてしまいそうだ。等々。明確なこれといったイメージやスタイルが提示できるわけでもなく(店主はスタイルカタログからいくつか提案してくれたが)漠然とした私の注文を形にしてくれたことに感謝しかない。このモデルさんのスタイルで!とバシッと言えないのは、私の中にあったサマーカットに対する不安が原因だったのだろうと今なら思う。


 結局長毛種と短毛種の間ぐらいの長さで落ち着くこととなった私の初めてのサマーカットだが、見た目以上に涼しく感じられている。アンダーコートを多く取り除いてもらったこともあり、見た目よりも実際のボリュームは減っているのだそうだ。シャンプーの使用量も減りますね。なんて店主は笑っていた。

 サマーカット中の手入れ方法などのアドバイスをもらって美容院を後にする。外は相変わらずの炎天下だ。手袋をはめて、日傘をさす。少し身体が軽くなったように感じるのは気のせいだけだろうか?

 肉球と鼻の頭で熱を感じて見上げる空には見事な入道雲。サマーカットの猫とすれ違えば夏を感じるだろう。

 短毛も長毛も全ての猫が、この夏を無事に過ごせるように、キラキラというには強すぎる日差しを遮って、涼しい家へ帰るとしよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サマーカット猫ちゃん 深山うつつ @miyamasatuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ