第7話
視界が一瞬暗くなり、気が付くと場所が変わっていた。
白い空間に木で出来た机と椅子。壁に掛かれた『椅子に座ってください』の文字。
指示に従い椅子に座ると、壁の文字が変化した。
『現在アカウント新規作成中です。当選者情報から作成します。こちらでお間違いありませんか?』
質問の下に名前、生年月日、性別、電話番号が並べられていた。
その下、2つ分かれた左側に健康診断や日常で得られたデータ、右側にはそのデータから作られた自分の体があった。どのデータも見た感じおかしなところはない。
最新のデータ、高校入学前身体測定時のデータで設定された体が両手を広げ、ゆっくり回転している。
これを元にキャラクターを作っていくことになる。
『アカウントの作成が終了しました。キャラクターの作製に移行しますか?』
「はい」
『キャラクターの作成は個人の身体データを元に作られます。許可しますか?』
「はい」
『補助を個人AIに引き継ぎます』
壁に『少々お待ちください』と出てから数秒後にいつものAIの声が聞こえてきた。
『キャラクター作成は今までしてきたゲームと同じです。変装マスクの設定は最後に行われます』
「違う要素は?」
『基本的にはありません。課金しておしゃれ装備を着られるくらいです』
壁で回っていた体が壁の中から出てきて、回り始める。
机からは画面が出ており、そこに設定項目があった。
体型の変更はできない、顔の変更はできない。それは決まっている事だ。
ただ、変装マスクをしていれば顔は変わる。変装マスクの顔はランダム生成だ。
キャラクター作成で設定できる箇所は、名前、種族、毛と目や肌の色、髪や毛の長さ、初期装備、課金装備、来歴だ。
まずは名前。
「全然思い浮かばないんだけど」
『前みたいなのでよくありませんか?』
「サッカリンに気付かれるだろ。俺は勝ち逃げする気満々なの」
『そのつもりなのは分かっていました。どうしますか?』
どうしよう。
汗擂るふぁむ系は使えない。洲蔵ロースは使ってないけど使う気はない。
名前の欄をタップして机に投影されているキーボードで入力した。
『グリュセル・アルンデヒド・アルドース』
『もう少し短い方がいいと思います』
「じゃあ、『メクサ』」
入力し終えると、画面に大量の種族が表示された。
迷わず人間を選択して、体の設定に進む。
『まずは色からです』
肌と毛の色はそのまま、目の色を蛍光オレンジに設定した。暗闇の中で光ってそうなところがいいポイントだ。
髪型はショートの俺が表示されているが、分からないようにロングヘアからポニーテールを選択した。そこからカスタム設定で垂れ下がる髪の毛をカットした。
ひげは特に設定することなく終わり、次は初期装備。
どうやら初期装備はいくつかあって選べるようだ。
今までしてきたゲームでは決められた服だったのだが、画面に出る服は20種類、組み合わせを色々変えられるらしい。
『おすすめは囚人装備です』
「へー。なんで?」
『ファッションに興味がないアナタにはちょうどいいでしょう?』
「確かに興味ないけど、出来るだけゲームで動きやすい服装するから」
ファッションに興味はない。機能的であればいいと思っている。
欲しいのはゲームで動きやすい服だ。
まずは上。囚人服という薄いものから、冒険家と書かれた分厚い服まである。
その中で門衛(軽装)を選択した。質素な服に薄い革鎧が門衛の服らしい。
選択と同時に机の右側に服が出てきた。空中に皺ひとつなく伸ばされ浮いている。
次に下。海賊のズボンというダボダボのズボンを選択。空中にダボダボのズボンが出てきて門衛の服と上下に並んだ。
最後は靴。色々あったがテキトーにロングブーツを選ぶと画面が切り替わり、試着に移る。
今着ているのはVR部屋用の服だ。
切り替わった画面には試着のボタンがあり、タップした。
VR部屋で着ている服が切り替わり、壁には俺と同じように試着したキャラクターが表示される。
肌触りはあまり気にならない。少し動いてみると靴が窮屈に感じるくらいだ。
ロングブーツをショートブーツに変更してみると、ちょうどよかった。
初期装備の設定を終了。
『次は課金装備です。顔を覆うマスクはこれに含まれます』
画面に出たのは見た目が変わる装備と多くのアクセサリー。
「顔と頭装備だけに限定で整理して」
『はい』
AIに頼むとすぐに顔と頭の装備だけになった。
画面には10種類表示されているが、複数個入ったセット売りだった。
セット内容を1つずつ確認していく。
「つけ髭、絶対落ちない咥え煙草、真顔が笑顔になる口、音の出ないヘッドホン、簪」
最後しかまともなのない。つけ髭は見た目が偽物過ぎてまともではないから、簪だけなのだ。
しかし酷い。
どれを見ても、ネタ装備的な物しかない。
他も見て、まともだったのは、簪、野球帽、ニット帽、バイクヘルメット、不織布マスク、能面、般若面くらいだった。
『これはどうですか?』
何もないと諦めていた俺にAIが見せてきたのは『個人特定防止用布』というものだった。
「うん? 顔と頭装備だけで整理しただろ?」
『はい、これは汎用装備です。どこでも装備できます』
「それは顔と頭も含むだろ。やっぱりAIとして致命的だよな」
まあ、見つけたからいいだろう。それよりも急いで購入して試着だ。
購入ボタンを押そうとすると、セットらしく他にもたくさんの個人特定防止用のアイテムが出てきた。
音声変換MOD5種類、着ぐるみ装備3種類、個人特定防止用布が10種類、合計して1500円。
欲しいものは1つだけなのにすべて買わねばならぬ苦しみ。
『こちらを購入します。合言葉を』
『VRゲーム、サイコー』
机の画面に装備可能となったアイテム。
布の中から黒い布を選択して、試着する。
机の上に黒い布が広げられ、自分の好きなように装備するようだ。
触れてみると随分と軽く薄い。目元だけ出した状態で後は適当に顔に巻いておく。
鏡で見た感じ問題なさそうだった為、試着終了を押し、装備を決定した。
『次は来歴です』
「今、何時?」
『メニューで見てください。17時30分です』
案外早い。ステータスやスキルの設定してないから早いんだ。
職業でステータス変わったり、ステータスで取得可能スキルが変わったり、だからいつも2時間くらいかかるわけだ。
「来歴って?」
『カイラルの世界の中、どこで生まれ、どこでどのように暮らしていたか、それを決めます』
画面が切り替わり、たくさんの名前が出てきた。
名前をタップすると壁にその場所であろう画像が出る。地名だったようだ。
1つずつ見ていこうとしたが、これで何がどう変わるか分からない為、AIへ頼むことにした。
「ランダムで頼む」
『ランダムというボタンがあるはずです』
決定権は人が持つ。AIは頼まれれば行い、出来なければ違う策を出す。
大量の地名の下に、ランダムというボタンがあった。
迷わず押すと、1秒と経たずに来歴が決定した。
『デクルス、その外れの町ファースト出身。孤児として教会に預けられ、1年前、15歳で孤児院を出た。町の人々に助けられ生活をしていたが、冒険者となることを決意した』
始まりの町出身らしい。
俺の個人情報から年齢も考慮して、1年間フラフラしていた来歴ができてしまった。
来歴を決定しますか、と書かれた確認画面のはいをタップして、終了。ではなかった。
『最後は個人特定防止、プライバシー設定です』
画面が切り替わり、変装マスクの有無、音声変換MODの設定。その他プライバシー設定を変更していく。
変装マスクはなし。音声変換MODは購入した5種の中から低い声にして、ゲームの公開範囲を非公開にしてスマホで登録されたフレンドも見られないようにする。フレンドは1人だけしかいない。
最後にSNSアカウントと連携だけしておく。
『これで全ての事前設定が完了しました。このアプリは3秒後に終了します』
意味が理解できる前に、VR部屋へ戻された。
自動で終わるアプリだったらしい。気が付くと桜の木の下でベンチに座っていた。
左手を振ってメニュー画面を出すと、時刻は17時45分。
18時から夕食だから、現実に戻り読書をして、その日はゆっくりと過ごした。
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