少し昔の夏の記憶

伊島カステラ

プロローグ

 これは僕がまだ小さかった頃、父と母が離婚し、都会から父方の祖父母の住む田舎へ引っ越したときの話。

 その頃は『離婚』なんて言葉は知らなかったが、幼心に父と母は喧嘩をしてしまった ということを悟っていた。

 しかし、やはりその頃の私は幼かったので『なにかやむを得ない事情があった』とは理解しつつも、大好きな母と離ればなれになってしまったことが悲しくて悲しくてたまらなかった。

 僕は寂しい思いをするのが嫌でいつしか遠くにある小さな公園に行き、遅くまで帰らなくなっていた。

 その日も僕は、いつものように公園の錆び付いたブランコに一人で座っていた。


「少年。こんなところで何をしているんだ?」


 女の人に声をかけられた。

 女の人の身長は高く、古いブランコはとても不釣り合いだった。

 また、夏に着るにはあまりにも厚いパーカーを着ていた。

 僕は周りの大人から言いつけられた「知らない人とは話してはいけない」というものが頭をよぎった。

 しかし、それもすぐに消えた。

 今思うと、なにか心の拠り所が欲しかったのかもしれない。

 僕は、女の人に父と母のこと、家にあまり帰りたくないことを話した。


「そうか……」


 僕は話しながら思わず泣き出してしまった。

 そんな僕を大きな身体で抱きしめてくれる。


「泣くな少年」


 そう言って僕の頭を撫でる女の人の声はあたたかかった。


「なあ、少年。お前は毎日ここに来ているな?」

「うん……」

「なら、せめてここにいるときだけは楽しい時間にしようじゃないか」


 その一言から、僕の奇妙な夏が始まったのだった。

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