ヤンキーガールとテキトーガール。

草壁

白昼夢とガールミーツガール

てきとーがーる

第1話 おさぼり委員長とヤンキー

ベッドから起き上がって時計を確認すると針は正午を示していた。

 清廉潔白で質実剛健、ついでに絢爛豪華な………絢爛豪華?な私でも寝坊してしまうことはあるのだ。ママは朝早くから仕事だし、パパは単身赴任。だから私を夢から引きずり出すことができるのは目覚まし時計だけ。だが、小さな目覚まし時計には、この私を起こすという役目は重すぎだ。


 急いで学校に電話をかけて、正直に寝坊したことを話す。先生は笑いながら、学級委員なんだからしっかりしろと言っていた。寝坊は模範的とはいえない行動だ。確かに学級委員はみんなの模範であることが望ましいと思う。私もそうであったほうがいいと思って日頃規律に則った生活をしているが、学級委員だって寝坊くらいするんだ、みんなも気張らずに生きよう、ということを伝えるのも悪くないと思うので、明日の朝の会で正直に話そうと心に決めた。


 決断で心は満たされてもお腹は空いている。たぶん13時間くらい寝ているから胃の中はすっからかんだ。適当に目玉焼きでも作るか、それとも冷凍食品をチンしてしまうか。


 答えはすぐに出た。ママに火を使うのを禁止されているから悩むまでもなかった。


 電子レンジは私よりもはるかに賢いんだと思う。だって、私は20秒までしか数えられない。両手をフルに活用して20秒だ。一方電子レンジに指という概念はない。それなのに正確に40秒を刻む。なんて賢いのだろうか。


 熱くなったお皿を慎重に取り出して、お盆に載せる。それを机に持って行って食べる。文字に表すとノート一行にも達しないような些細な日常の動作をするだけで、貴重な30分が溶けた。

 中学三年生にして私は人生の短さを悟った。


 平日休みの特権たるヒ〇ナンデス視聴を楽しむというのもアリだが、今日は外に出たい。昨夜に降っていた雨はたぶん夢であったのだろう。それほどまでに空は青く澄んでいた。


 今は春と梅雨の間。このくらいの時期を薄夏というらしいけど、昔の人の感性は素晴らしい。


 確かにこの、照り付ける日差しは暑いが空気はほんのりと柔らかく涼しい気候は、薄い夏と表現するのがぴったりだ。薄っぺらい夏。


 紫陽花の葉から滑り落ちるカタツムリを戻してあげながら思うのは、学校で薄夏という言葉を使ってかっこいいと思われたいという薄っぺらい野望だ。

 

 梅雨に向かうジメジメとしたこの嫌な季節も、言葉次第で楽しいものになる。そう考えるとやはり寝坊も大したことではない。


 アスファルトのまだ雨が乾ききっていない黒い部分を避けながら歩くゲームをしつつ公園に向かう。平日の午後というのはほとんどの人間が仕事をしたり学校に行ったりしている。平日休みの仕事の人も、ベッドの上やソファの上で有意義な休日を過ごしているだろう。つまり、平日の午後に公園に居る人は相当ヘンテコな人だということだ。


 この街にはあまりそういう人はいない。みんないつも早歩きで、疲れた顔をしている。


 だから私は、ヘンテコな人に会いたくて公園に向かった。誰もいないということがわかっていても、足は止まらない。


 青空に輝く眩しい太陽の日差しを防ぐものが何もない公園はかなり暑い。立っているだけで汗がにじみ出てくるのがわかる。もちろんこんな暑さの中で日向ぼっこなどしている人はいない。いたら本当にヘンテコな人だ。


 よく考えたら公園に用はないし、帰ろうかと思ったその時、私の視界に不思議なものが映った。


 猫に餌をあげるヤンキーの姿だ。


 金髪で背中がめっちゃ空いているエロい服を着ている、見るからにヤンキー。


でも、すごく見覚えがある。


確認するためにめっちゃ近づいたら、めっちゃ威嚇された。


「………何?」


「…………」

どこかで見たことがある。すごく見たことがある、だけど名前をはっきり覚えていないしどこで会ったかもおぼろげだ。別人と間違えるという大無礼をかます前にしっかりと彼女を観察して判断を下す。


「………ちっ、おい!」


何も言わずに見つめる気味の悪い私に対してヤンキーは舌打ちをした。


私は彼女の正体を見破った。


「ヤンキーガール!!!!」


「うわっ、なんだよ、びっくりした」


「あなた、学校に金髪で来てめっちゃ怒られてたアユカちゃんじゃん!」


「……マジで誰だよお前、いきなり失礼すぎ」


「わ、ごめん、思ったことそのまま言っちゃって……。私、あなたのクラスの学級委員の餅田まつりです。もっちゃんこと餅田、あっ、もちだのもちはお餅の餅な……」


私の悪い癖で、一対一の会話だと饒舌になって変なことを口走ってしまう。

この癖のせいでかなりいじめられたのに治せていない。


「あーはいはい。もうどっか行ってくれ」


やはり最後の1行は余計だったらしく、手で追い払うジェスチャーをされてしまう。人生においてここまで邪険に扱われるのは久しぶりだ。


さすがに初対面でここまでやられるというのはこちらに問題があるのだろう。


でも私は絶対に引かない。だってこの子は絶対にいい子だ。猫に餌を与えるヤンキー女子はいい子だと決まっている。しかも顔がかわいい。


「ごごごめんねアユカちゃん。私、ずっとあなたと話したいと思っててね、それで……」


アユカちゃんは立ち上がった。しかし目線は合わなかった。彼女が目を合わせようとしなかったとかではなく、身長差的に彼女のつむじしか見えなかったのだ。


「アユカちゃん、意外とちっちゃいね!」


「チッ……私は話したくないから。それじゃあ」


 そう言ってこの場を去ろうとしたアユカちゃんのほっそい手首を掴んだ。逃がさないようにかなり力を入れて。


「いや、ちょっと待ってよ。猫さん、悲しそうだよ?」


 フィジカルの差と猫の力を使ってアユカちゃんの精神と肉体を封じ込める。


 実際、アユカちゃんに餌付けされていた子猫はうら悲しそうな瞳で私たちを見上げている。


効果はばつぐんだったらしく、アユカちゃんは私を見上げ、困った顔をして黙り込んでしまった。


眉間にしわを寄せていない彼女の顔はとてもかわいい。鼻は小さくて目が大きい。太陽に光に照らされて輝く金色の髪も相まって本当にフランス人形みたいな顔をしている。


「は、離せよ」 

アユカちゃんの声は少し弱い。


「せっかく会ったんだからさ~ちょっとはゆっくしようよ~」


私は彼女の手首を離さない。頑張って抵抗しているけど、身長165cmの恵まれた体格に甘えることなく週2で筋トレに励んでいる屈強な私と小柄で華奢なアユカちゃんとでは覆せない武力の差がある。


再び眉間にしわを寄せてにらみつけてくるアユカちゃんに笑顔を向けながら、ぎりぎりと手首を握る力を強める。もちろん彼女は抵抗している。


急に抵抗する力が弱まり、アユカちゃんが口を開く。


「餅田、後ろ!」


「えっ!?何!?」


しまった!と思ったころにはもうアユカちゃんはいなくなっていた。


この私がこんな古典的な手段に引っ掛かるなんて……私学級委員なのに……


いや違う。アユカちゃん、私の名前を呼んでくれた。覚えててくれてたんだ。あんなにアンフレンドリーでアグレッシブだったのに。


とても驚いた。あの子はやっぱりいいヤンキーだ。


「アユカちゃーーーーん!!どこ行ったのーーーーー!」


寂しそうな子猫を置いて、私は駆け出した。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る