婚約破棄された元聖女です。ちょっと気絶している間に国が滅びました。理由は分かりません。なので、野生のサンタと一緒に滅びた理由を解明していきたいと思います。
八百板典人
1章
第1話
◇
「エレナ……いや、『星屑の聖女』。お前との婚約を破棄させてもらう」
とうとうこの日がやって来てしまった。
第一王子生誕祭の壇上。
私──エレナは婚約者であり第一王子でもあるアルベルト・エリュシオンに婚約破棄を言い渡された。
「先代聖女からの推薦だから、今までお前を聖女として認めてやったが……もう我慢の限界だ! お前のような低脳女を聖女として認められない!」
生誕祭に参加した貴族達が私達を遠巻きに見つめている。
その表情には困惑と好奇が入り混じっていた。
「魔法を使える訳でもなければ、特別な力がある訳でもない。そして、俺の嫁になるには、お前の身体は醜(みにく)過ぎる」
王子の瞳に私の姿が映し出される。
左目に刻まれた一文字の古傷。
右腕に広がった火傷の跡。
そして、身体中に刻まれた広がる無数の切り傷。
いつもの僧侶服ではなく、露出の多いドレスを着ている所為で、いつもよりも傷跡が目立っていた。
「聖女とは、この国の象徴だ。人々を導く光でなくてはならない。しかし……お前はその真逆の存在だ。特別な力がある訳でもなければ、容姿も優れていない。そんな女を俺は妻にすることは出来ない」
(なるほど。彼がこのドレスを着させたのは、そういうことか)
パーティが始まる前、第一王子に言われた言葉を思い出す。
あの時、彼は確かに言っていた。
──今日だけは俺の妻として振る舞え、と。
(いつも着ている僧侶服だったら、顔についた傷以外は隠せただろう。きっとこのドレスを着るよう促したのは、私の傷を生誕祭に参列した貴族に見せつけるためだ)
王子の悪巧みに気づけなかった自分自身に苛立ちを覚える。
いけない、頭に血が昇ってしまった。
ゆっくり息を吐き出す。
敢えて深呼吸する事で、苛立ちを体外に追い出した。
落ち着きを取り戻した後、周囲の様子を伺う。私の傷跡を見た貴族達は、王子の言い分が正しいと思ったのか、賛同するように頷いていた。
「今まで黙っていたが、お前は聖女に相応しい人間ではない。よって今この時をもって、お前との婚約を破棄し、お前から聖女の肩書きを剥奪する!」
「そうですか」
聖女になった時から、こうなる事を予想していた。
というか、自分でも理解していた。
私という人間は聖女に相応しくない、と。
先代聖女のように、魔法が使える訳でもなければ、性根が良い訳でもない。
先代聖女の強い推薦があったから、聖女になれただけの凡人だ。
だから、第一王子の言っていることは正しいのだ。
反論する箇所なんて何処にもない。
というか、能力のない私よりも能力のあるヤツが聖女になった方が合理的だ。
「後任の聖女についてはどうなさるおつもりでしょうか?」
流れに逆らう事なく、私は聖女としての最後の責務──次の聖女の選出を行うため、王子に疑問を呈する。
彼は鼻で笑うと、私の疑問に答えた。
「俺が考えなしでお前を辞めさせると思ったのか? 後任の聖女なら、既に決まっている」
そう言って、第一王子は指を鳴らす。
すると、見覚えのある美女が私と第一王子の前に現れた。
「コイツが次の聖女だ。お前と違い、彼女は魔法を使えるし、お前の身体みたいに傷一つついていない。人々を導く光になり得る存在だ。聖女としての素質は、お前よりもあるだろう」
絹のように滑らかで艶のある金の髪。
高そうな宝石のように美しい瞳。
男受けしそうな子どもっぽい顔。
大人の色気を感じさせる肢体。
露出の多いドレスを内側から押し上げる大きく豊満な胸。
くびれた腰回りが何とも言えない雰囲気を漂わせている。
この男ウケ良さそうな外見をした美女に見覚えがある。
確か、…….ええと、昨年貴族学院をトップで卒業した女の子だ。
名前は覚えていない。
確か、アリ……アリなんちゃらって名前だったような……
ああ、ダメだ。
外見と貴族学院をトップで卒業した事以外、思い出せない。
多分、直接話した事はない筈だ。
「これが次の聖女だ。どうだ、エレナ! 嫉妬したか!?」
まあ、貴族学院をトップで卒業できた人だったら問題ないだろう。
噂によると、貴族学院をトップで卒業するには高い知能と魔法の力が必要らしい。
間違いなく、彼女は私よりも聖女としての資質を持っている筈だ。
「彼女は世にも珍しい光魔法を使う事ができる! 魔法を使う事ができないお前と違い、有事で大活躍間違いなしだろう! 魔法を使え、容姿もお前よりも見目麗しい! どうだ!? 文句のつけようのない人選だろう!?」
なら、迷う必要はない。
私よりも聖女に相応しい人が現れたのだ。
きっと素質のある人が聖女になれば、より沢山の人が救われるだろう。
だったら、今、私がやるべき事は。
今の私が選べる最善の選択肢は──
「だが、まあ、俺は器の大きい人間だ。お前が頭を床に擦り付けて、許しを乞えば……」
首にかけていた聖女の証を外す。
そして、外れた聖女の証──ネックレス状の『神造兵器』を次の聖女に手渡した。
「この『神造兵器』の扱い方は先代聖女……イザベラに聞いて下さい。では、私はこれで」
聖女としての最後の務めを全うした私は踵を返す。
きっと先代聖女──私の義母が査定してくれるだろう。
彼女が本当に聖女に相応しいかどうか判断してくれる筈。
「お、おい! 待て!」
会場から出て行こうとする私を第一王子が引き止める。
私は足を止めると、視線だけ背後にいる第一王子に向けた。
「お前、本気で聖女を辞めるつもりなのか!? 今だったら、俺に赦しを……」
「貴方は一度吐いた唾を飲み込むつもりでしょうか?」
婚約破棄も聖女の肩書き剥奪も受け入れた。
ただ、このまま終わるのは、ちょっと癪だ。
王子の掌の上にいるという事実が、私の神経を逆撫でる。
……ちょっとだけ反撃してやろう。
性格がよろしくない私は、聖女じゃなくなった利点をフルに活かし、第一王子を口撃する。
「前言を撤回するのは止めた方が良いと思いますよ、王子。言葉に重みがなくなってしまいますから」
第一王子は眉間に皺を寄せ、押し黙ってしまう。
「それとも、まだ何か言いたい事があるのでしょうか? あるのであれば、ハッキリと言ってください」
「……」
第一王子は何も言わなかった。
私のジャブ程度の口撃が効いたのか。
或いは、何か他に企みがあるのか。
まあ、王子が何を企んでいようが関係ない。
私のやるべき事も、やりたい事も全て成し遂げたのだから。
視線を前に向け、再び前に進み始める。
会場にいる貴族達がざわめき始めた。
その声を無視して、私は歩み続け、会場から出る。
こうして、私──エレナの聖女としての人生は幕を閉じた。
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