第一章 記憶

僕に残っている記憶はほぼ何もない。

唯一ある記憶はあの日、僕が事故に会う瞬間の記憶だけが今でも残っている。

だが僕は事故の後遺症で、自分の名前や家族、そして友人関係すらも僕の記憶には無く、覚えようと頑張るも、寝て起きた翌日にはまた全て消えてしまっている。

だから毎朝起きるたび、自分の名前の確認と家族の名前、それに今の友人関係や昨日の出来事を毎朝確認して、出かけるようになった。

あの日、僕にしてみれば昨日、僕はいつも通り大学に向かって自転車に乗り横断歩道を渡っていると、一台の大型トラックが僕を目掛けて一直線に向かって来て、大きな音と衝撃が辺り一帯に響き渡った。

僕はトラックとぶつかった瞬間、体は大きく空へと投げ飛ばされ、数秒後にはすごい痛みが体中を襲った。

空中に体が投げ出された瞬間、僕は心の中で

「もう僕はこの事故が原因で死ぬのだろう」

と思ったことは、忘れてしまった記憶の中で唯一今でも覚えている。

だが、それ以外のことは全く覚えていない。なので僕は、朝起きる度にスマホのリマインダー機能で

【パソコンを確認パスワードは0314】

と午前六時に表示するように設定し、朝起きてからはスマホを見る度に、表記してあるのを見て思い出したかのようにパソコンを起動させる。

パソコンを起動させると僕は、パソコンを起動してすぐにパスワードを入力する画面が表示されるので、リマインダーに書いてあるパスワードを打ち込むと、パソコンのロック画面からホーム画面に移り変わる。そしてホーム画面には一つのファイルがど真ん中に置いてあった。そのファイル名は

【橋倉翔太の毎日確認データ】

僕はそのファイルを開くと三つほどのWordのデータが入っていた。

一つ目は日記と表記してあるデータ。二つ目は人間関係表と書いてあるデータ。そして最後の三つ目には恋人に関することとかいてあるデータだった。

僕は朝からそこに入っている膨大なデータを読み始める。僕はとりあえず昨日起こった出来事とここ数週間の出来事を見て覚え、その後はいつも一緒に居るとされる人の名前を覚えると、自室の二階から一階のリビングへと向かう。

リビングに僕が着くと

「おはよう、翔ちゃん」

と五十代くらいの女性が僕に声をかけた。

僕はきっとこの人が僕の母親なのだろうと思い

「おはようございます」

と言う。

すると僕の母親らしい女性は

「今日は私朝から仕事だから、机に置いてあるパンと目玉焼き食べて学校に行ってね。それと翔ちゃん、ご飯を食べ終えたらあなたは鹿島国際大学に行くようにね、そしたらあなたの友達がきっと学校の正門付近で待っているはずだから」

そう言って僕の母親らしい女性は急いで家を出て行った。

一人朝食を食べながら、何時に大学へ行ったら良いのかわからないため、とりあえず朝食を食べ終え大学へ行く支度をしていると、ピコンとスマホから音が鳴った。僕はスマホの通知が気になり目を向けるとそこには

〈今日は大学正面正門に十一時三十分までに来るように〉

とメッセージが送られてきた通知だった。僕は取り合ええず遅れないようにと、少し急ぎ目で支度を済ませ、家の近くのバス停からバスで大学近くのバス停へと向かい、僕が大学に着いたときには十一時十分だった。

一人これからどこに向かって良いのかもわからないまま、とりあえず大学の入り口で僕にメッセージを送った人が現れるまで待つことにし、僕はしばらくの間大学の入り口で待っていると、ハァハァと息を切らせながら走って来た男の人が僕に声をかけてきた。

「お待たせ、翔。今からお前は福祉学科の講義があるから、俺が今からその場所まで案内するからついてきて」

彼はいきなり現れてすぐに、僕が本来なら一人で行かなければならない教室へと案内をしてもらった。教室まで案内されているときに僕は彼に

「ありがとうございます」

とお礼を言うと

「別にいつもの事だからお礼なんていらないぜ」

と言った。だからこのとき僕は、今朝パソコンの中でいつも案内してくれる男友達、安藤達也と言う人がこの人だと初めて知った。毎朝僕は目覚めるたびにあの事故直前の出来事しか覚えていない僕は、きっと大学がある日はこの人が毎日僕を教室へと連れて行ってくれているんだろうなと思いながら一人考えていると

「着いたぞ、翔、ここが今日一限目の講義を受ける場所だ」

と彼すなわち安藤達也が言った。

僕はここまでありがとうございますともう一度お礼をすると、安藤さんは僕に

「気にする事は無いよ、そして俺のことは安藤って呼べよな」

彼はそう言って僕の前から立ち去った。

僕は忘れないうちに安藤さんの事を安藤と呼ぶとメモをし、講義が行われる教室の中へと入った。

教室には数十人の生徒がすでに席に座っており、僕は後ろの空いている席に座って教科書とノートと筆箱を準備して講義が始まるまでしばらく待っていると

「おはよう、翔太君」

とまた一人僕に声をかけてきた。

僕はおはようございますと言うと

「私の事覚えている?」

と質問をしてきた。僕は今朝読んだデータの内容を思い出しながら、誰だろうと思い出していると

「覚えていないよね」

と彼女は言った。

僕はすいませんと謝ると彼女は謝るような事じゃないから大丈夫だよと言って僕に教えてくれた。

「私の名前は白石真白です、翔太君の恋人(かのじょ)をしていて、もうすぐ二年目です」

彼女は恥ずかしそうにしながら僕に言った。

僕はこの人が僕の恋人(こいびと)だったのかと知り

「あなたが僕の恋人だったんですね」

と言った。すると彼女はクスクスと笑いながら

「そう言われるとなんだか少し恥ずかしいですが、ハイそうです」

と彼女は答えた。

僕はそこから彼女と少し話しをし始めるうちに僕は彼女に少し打ち解けられた。

そして教授が教室へと入ってきて講義が始まった。

 九十分の講義が終わると僕は又これから何をして良いのかわからなくなった。

だから僕はとりあえず恋人の白石さんに訊くと

「今日はもう講義はないから家に帰っても良いんだよ」

と教えてくれた。僕はそうなんだと知り、とりあえずスマホで家までの帰り方を調べていると白石さんは僕に

「これから一緒に久しぶりにデートでもしない?」

「久しぶりなんですか、デートするの?」

僕は彼女に訊いた。

すると彼女は、そうだよ、とっても久しぶりなんだよと言い僕はそれじゃ、デートでもしましょうと言い、大学から少し離れた場所の小高い丘の上にある喫茶店に行くことになった。

 学校からあるいて三十分ほどして、ようやく喫茶店が見え中にに入ると朝早いからだろうか人は少ない。

彼女は僕にあそこに座ろうと窓際の席を指さし、僕は彼女の後ろをついて行き、四人掛けのボックス席に座った。

席からは海が綺麗に見える。僕はとても海が綺麗に見え、こことてもいい場所ですねと言った。

すると彼女はそうでしょうと言い、ほら景色ばっかり見ないでメニュー表も見なよと言って僕にメニュー表を渡す。

僕は彼女からもらったメニュー表を見ながら何を頼むか悩んだが決め、彼女の方を見ると彼女は一生懸命悩んでいたので僕はしばらく外の景色を見て、彼女が決めるまで待った。

 彼女はメニューをしばらく見て「よし、これにしよう」と言って

「もう決めた?」

「ハイ、決めましたよ」

「OK、それじゃ店員さん呼ぶね」

と言って彼女はボタンを押して店員さんを呼んだ。

店員さんが来ると、僕から先にアイスコーヒーを注文し、彼女はコーヒーラテとサンドウィッチを注文し、店員さんは戻っていった。

店員さんが戻ると彼女は、コーヒーだけでよかったのと聞いてくるので、僕は特に注文したいものもなかったので、と答える。すると彼女はそっかそっかと言って笑った。

僕はそんな彼女にずっと疑問に思っていることを訊いた。

「僕は事故で記憶が無いのにどうしてまだ僕と付き合っているんですか?」

この質問は訊いて良いのかわからなかったが、僕はとても素朴な質問をした。

すると彼女は僕に

「その質問ね、一週間前にも君は私にしたんだよ」

「でも、もう一度教えてあげる」

彼女はそう言って語った。

「それを話すには、まずはなぜ私達が付き合ったかの話しからしないといけないから、少し長くなるけどいい?」

「ハイ、時間はいくらでもあるので是非教えてください」

そう言うと彼女は微笑んで

「いいわよ、それじゃ教えてあげる」

と言って彼女は最初店員さんが持ってきたお冷や一口飲んでから話し始めた。

「私が翔太君とまずなぜ付き合い始めたかと言う話しから始めるね。私はあなたと付き合う前に違う人と付き合っていたの、その人はスタイルも良くてイケメンで皆からよく告白されていたらしいの。でも私は絶対に無理だろうと思いながら告白したら付き合えたけれど、三日後に違う女の人と一緒に居るところを見て、私が彼に何で別の女の人といるかを訊いたら、その彼は私に『お前みたいなブスを本気に好きになるわけないだろ、そんなのも分からねぇとは本当に困ったやつだな』と言われ私はその場から走って逃げ出し一人浜辺で泣いていると、あなたが声をかけて来たの。それがまず私たちの初めての出会い。それから私は当時付き合っていた彼の話をするようになり、彼とちゃんと別れてから私は毎日同じ場所で話していくうちに、同じ大学にいることが分かりお互い学校でも話すようになってから三ヶ月後に、あなたから告白をしたのよ。『僕と付き合ってください』って言って。告白の言葉はもう少し長かったけど、そこはあんまり気にしないでね。それでね、そこから私たちは付き合い始めて毎日が楽しかった。お互い週に一回はデートをしたりして過ごし、時にはあなたは私が風邪を引いた時にお見舞いに来たりといろいろ新鮮だった。

だけどあなたは今年の春に交通事故に会ってしまった。

大学に行くためにその日は珍しく自転車で朝家を出て大学へ向かう途中大学近くの横断歩道をあなたが自転車で通っている途中、大型トラックがあなたとぶつかり合い、あなたは頭から血を流して意識を失ったまま一週間寝たきりだった。私は毎日お見舞いに行った。

いつ目を覚ましても側に出来るだけ居られるようにと。だけど、実際あなたが意識を戻したときは、私やあなたの友達それに家族の名前まで忘れていた。私はそのときにこう思ったの、あなたの記憶があっても無くなってしまっても、私はずっとあなたのそばに居るって。ずっと橋倉翔太の隣に居続けるって。いつかあなたが記憶を戻したときに私があなたの隣に居なかったら記憶を取り戻したあなたは、きっと寂しがるのではないかと。

だから私はあなたとこれから先記憶が戻らないとしてもずっと私は橋倉翔太の隣に居続けるときめて自分で決めたから、絶対に私はあなたと別れたりなんかしないと。まぁ、言うなれば貴方に対する愛の力大きいから、別れないってことかな」

彼女は熱烈と僕への思いを話し、いつ注文したのが来たかもわからないほど彼女の熱意は僕に伝わった。

それから僕は白石さんと二人喫茶店でのんびりと話したりして時間を過ごし一時間喫茶店に居続けてしまったので、さすがに場所を変えようとなり僕と白石真白が出会ったとされる浜辺に行った。

 喫茶店を出てから、白石さんは僕に何か思い出したりとかしない?

彼女と僕の初めて出会った場所なので、少しでも何か思い出すとでも思ったのだろうが僕は全く何も思い出すことは出来ない。

僕は彼女にごめんというと

「ごめんね、私もしかしたら何か思い出すのではないかと思って訊いただけだから謝らなくて良いのよ」

白石さんはそう言ってベンチを見つけるとあそこに座りましょうと言い僕らはベンチに座って海を見ながらまた話しをする。

「もしも、これから先記憶が戻らなかったらどうしますか?」

彼女は僕に

「記憶はきっと戻るよ、逆に誰が記憶は戻らないって決めつけたの。私は少しでも記憶が戻る可能性があるのならその可能性に私は力を注げる。いくら時間がかかろうとしても私は絶対に戻るって信じる」

遠く海を眺めながら彼女は言う。

僕はそうですよね、きっと時間はかかっても記憶は戻りますよね。

そう言って僕は微笑み、心の中で決めた。

いつ戻るか分からない記憶のために、こんなにも側で支えてくれる人がいるなんて、僕はとても嬉しかった。だからこそ、どのくらい時間がかかるかわからないが、僕はこの時絶対に記憶を戻そうと。

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