邑趾

 邑を出て七日が経った。

 カサはガタウに連れられ、ある場所にたどり着く。

 カサは驚く。

 そこには、打ち捨てられてはいるが、井戸があったのである。

 暗い穴底には、なみなみと水が張ってあり、充分な水量がある。

 水ばかりではない。

 草木も砂漠にしては多く、その気になればここに住めるのではないかと思うほどだ。

「ここは……」

 カサの疑問にガタウは

「その昔、邑が在った所だ」

「邑?」

「ベネスだ」

 カサは驚く。

「どうして今の場所に移ったのですか?」

「水量が足りなくなったと聞いた。邑人が増えすぎたのだ」

 そう言われて井戸をのぞくと、邑にある井戸と比べて容積が足りない。

 邑人が千人もいれば必ず不足するだろう。

 この水量で養える人数は、多くてその半分ほどだろう。

「今日はここに留まる事にする。水袋に水を貯めておけ」

 まだ陽は高いが、

「はい」

カサは荷物を下ろす。

 ガタウに倣い、水袋に紐をくくりつけて井戸に落とす。紐をゆすり、水が充分貯まったと見たら、引き上げて栓をする。少し遅い昼食を摂った後、

「始めるぞ」

 ガタウの合図で、いつもの訓練を始める。

 槍の両端を持ち、互いに構えて均衡をとる。いくらこらえても、ガタウがわずかに動くと体勢を崩されてしまう。それでも倒れてしまわないのは進歩である。

 カサはまた構え直し、ガタウに向かう。

 そんな事を、二人は夜が更けるまでつづける。



 夜、ガタウと火を挟んでカサが訊く。

「どうしてここに来たんですか?」

 カサの疑問には、理由がある。数日前ガタウは言ったのである。

――今向かっているのは、真実の地ではない。

「俺は、ここを知っていたおかげで命を拾った」

 カサがガタウを見る。

「ここは今のベネスよりも狩り場に近い。六日の道のりだ。水袋を失くした時は、ここを目指すが良い」

 合点する。

「大戦士長も、水袋を失くされたんですか?」

 だがカサの疑問に、ガタウは答えない。理由はカサの呼び方にある。

「ガタウだ」

 厳しい、いつもの声だ。

「もう大戦士長ではない」

 堅苦しい話である。

 カサが生まれる前から、ガタウは大戦士長だったのだ。

 それをいきなり対等に扱えと言われても、そう簡単にはいかない。

「ガ、ガタウ……」

「なんだ」

「戦士、ガタウも、水袋を……」

 腰が引けながらも、訊く。

「ああ、獣に襲われて失くした」

 ガタウは遠くを睨んだまま話をつづける。

「水袋ばかりではない。槍も、片腕も、あの時俺は全てを失くした」

 そして自分の槍を持ち上げ、

「今の俺が持っている物は、この槍先一つのみだ」

 それでカサは、もう何も訊けなくなる。



 翌朝にはその邑跡を去る。

 ガタウの足取りは確かである。

 だがなぜだろう、その背中がどこか頼りなく感じるのだ。

 ガタウは、何のために真実の地にゆくのであろうか。

 カサが心配でついて来ているとは思えない。

 邑跡の井戸のように、時折昔の事をポツポツと話す。

 その一つ一つが、カサには遺言のようにも聞こえる。

――もしかしてガタウは、この旅の中で、死ぬつもりなのではないだろうか。

 身震いするような不吉な思いつき。

 そして二人は、狩り場にたどり着く。

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