注視する者

「あの娘、そんなに綺麗かな」

 ソワクの天幕の中、すねた顔でエルがゼラに問う。

 カサの心を惹きつけるラシェが、気に入らないのだろう。

「さあね、カサには綺麗に見えるんじゃないの」

 お座なりに答えるゼラだが、カサがラシェのどこに惹きつけられているか、昼の騒動ではっきりと分かった。

 二人は同じ寂しさを抱えた人間なのだ。

 同じ感情を共有しながら、だけどラシェはカサにはない強さを持っている。

 その強さこそ、カサのように心が大きく欠落した人間には必要なのだ。

「私あのラシェって娘、あまり好きじゃない」

 カサを取られたという気持ちがあるうちは、好きになれぬであろう。

 だがエルはまだ若いのだし、男はカサ一人ではない。

 ゆっくり選ぶがいいと、ゼラはのんきに構えている。

「そう。まあでも、よく知らないうちから、誰かを悪く言うものではないわ」

 やんわりとエルの短慮をたしなめて、ゼラは天幕内の片づけをつづける。



 天幕に戻ったカサにガタウが申し付けたのは、新しい槍身を作る事であった。

 数は、六。

 そんなに多くの槍身を、一体何に使うつもりなのかと訊くと、

「真実の地の獣は大きい。油断すると、すぐに槍を砕かれる」

 戦士が狩り場で槍身を折られる事はままあるが、カサは今まで経験がない。

 たが、ガタウは折られると言う。

 カサはゴクリとつばを飲み、

「それがぜんぶ折られたら?」

 ガタウは事もなげに答える。

「死ぬだけだ」

 戦士たるもの自分の槍身は自分で用意するもの、だから槍身の作り方ならばカサもお手の物だ。

 もはや言うべき事は無いと、

「夜にまた来る。それまでに終わらせておけ」

ガタウは言い置いて出てゆく。

 カサは手元に槍身にする前の真新しい唐杉を引き寄せ、それらの長さを揃える事から始める。

――行かないでよカサ……。

 脳裏にラシェの懇願が谺こだまする。

 もしも立場が逆なら、カサはやはり同じようにラシェを引き止めるだろう。

 それが解っていながら、真実の地へとおもむく以外の解決は、もはやカサには残っていない。

 今、カサとラシェは処分保留の状態にある。

 戦士と通じ、そして邑に足を踏み入れて天幕を張りそこに弟と住む。

 ラシェが処分されていないのは、カサが真実の地へと赴き、生死を別つその試練を乗り越えるかもしれないからだ。

 もしも乗り越えればラシェは咎めなしとして、今後二人で人生を歩む事ができよう。

 だがもし、カサが道半ばで斃れてしまえば、ラシェは今までの咎をまとめて受けねばならない。

 ゆえにカサに選択肢はない。

 万人に死が待つという真実の地に、カサが活路を拓かねばならないのだ。

 だが、真実の地とは、一体いかなる場所なのであろう。

 狩り場よりも、さらに大きなコブイェックが、そこに棲むという。

 ガタウの首から下げられた、図抜けて大きな牙を思い出す。

 カサも数多くコブイェックを見てきたが、あれほどの牙を持つ個体は、見た事がない。

 ガタウが見た、一番大きいものは背丈十五トルーキ(約五メートル)を大きく超えていたという。

 ゴクリ。

 口に沸いた唾を、苦労して飲み下す。

 十五トルーキもある獣の姿を想像し、怖気で背筋のうぶ毛が総毛立つ。

 そのように大きな獣を、一人で相手するというのは、一体どういう気持ちなのであろう。

 そしてどのようにすれば、そんな大きな獣を狩る事ができるのだろう。

 たった一本の槍で、単身獣と対峙する。

 それは一の槍よりも、はるかに困難な戦いであろう。

 そしてその狩りで、もしも遅れをとるような事があれば……。

――死ぬだけだ。

 ガタウの言葉が、現実味を帯びてカサの心に鳴り響く。

 カサは一つ身を震わせると、死の手触りを振り払うように、その後は黙々と作業に没頭する。

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