露見
破滅は、突如訪れる。
今まで曖昧にしていたものが、具体的な形を取り始めたとき、秘密は自らの重みに耐えられずに、熟れすぎた果実のように枝からプツリと落ち、そして地面に叩きつけられて弾けるのである。
ここで言う曖昧なものとは、カサとラシェの関係であり、具体的な形とは、それを取り巻く忌まわしき手。
カサとラシェを、自分の利益のために思い通りにしようという人間たちの事である。
その手が無遠慮に枝を揺らし、やがて、果実は落下するのだ。
サルコリとは思えぬほど、物が多い天幕。
その中に、二人の男がいる。
一人はゾーカ。サルコリの女を使い、甘い汁を吸う中年男である。
もう一人はラゼネー。
ゾーカの、いわば側近だろうか。いつも近くに置き、小間使いにしている男である。
そのラゼネーの報告を聞いたとき、ゾーカは心底驚いた。
――まさか相手の男が、戦士階級の、それも名にし負う、あの男であったとはな!
頭のめぐりの悪いグディを外し、小回りの利くラゼネーをラシェに張りつけていたのだが、暴かれた秘密はとんでもない物であった。
ラシェの恋人は、戦士カサ。
ゾーカにも、戦士カサの噂は届いていた。
片腕の、若い戦士。
目を見張る若さで戦士長となり、最近は他の邑々にも名が轟いているという。
だが、一度遠目で見たカサは小さい男で、それほど脅威を感じなかった。
もっともゾーカは、サルコリ特有のゆがんだ心理として、ベネスの人間を侮って見る癖がある。
どれほど名声を得ようが、たかが人間ではないか、というひがみ臭い考え方である。
――しかし、これはなんとした事か……。
相手が年寄りならばともかく、若い男となると話は急に面倒になる。
無垢な魂は真剣になりやすい、たかが女に全身全霊をかける。
あわよくば、相手の男に揺すりをかけて、搾り取ってやろうという算段は、反故になった形である。
――いやしかし、戦士だぞ……。
飢餓以降、ゾーカも財政が厳しくなっており、そしてラシェは、今までにないほどの上玉なのである。
――気にすまい。戦士長ならば、守るものも多いはず。女など、他に幾らでもおるだろう。
手下を使って強引にラシェをものにする気である。
ゾーカは己の欲を満たすためだけの、都合のよい算段を始める。
ウハサンがニタついた笑いを貼りつかせながら近づいてきた時、コールアは露骨に嫌な顔をして見せた。
この所自分の周囲にまとわりつくこの男の事を、コールアは心底毛嫌いしていた。
「なあコールア」
馴れ馴れしい呼びかけに、コールアは汚い手で触られたように身を震わせる。
「何よ」
それ以上近づかせないために、ウハサンを正面からにらみつける。
だがウハサンは、コールアがこちらを向くだけで有頂天になる。
卑屈な男にありがちな、加虐の刺激と被虐の悦び。
ウハサンがまともでないのは、そのどちらも持ちあわせている所である。
その爬虫類のような目で、嘗め回すようにコールアを見て言う。
「カサの恋人が誰か、知っているか?」
コールアは、すぐに反応する。
その表情にカサへの思慕を嗅ぎとり、ウハサンの内部で黒々した嫉妬が揺らめく。
「……誰?」
「誰だと思う?」
「誰なの!」
ここの所コールアの心をずっと占めていたのは、カサばかりではなく、見た事すらないカサの女である。
あの、逞しい腕に抱かれ、愛でられ、カサの心を独り占めにしている、どこの誰とも知れぬ女。
その女の存在に、コールアはひたすら煩悶する。
――あのカサの腕に……!
そう考えるだけで、悋気が心に吹き乱れ、体まで熱くする。
――あのカサの唇に、頬に、胸板に……!
夜は一人、行為にふける事が多くなった。
いまやコールアの体は、カサ以外の男に反応しなくなっている。
それ以外の男など、その辺に立つ仙人掌と変わらない。
――あのカサの心に……!
表面は静かに見せて、深層では荒々しくうねるカサの精神。
コールアは生まれて始めて、男から愛されたいと願うようになった。
肉体を愛でられたいのではない、その心を、こちらに向けたいのである。
コールアの心は、カサ一色に染まっている。
ヤムナやそれ以降の恋人の存在など、今の彼女にとっては使い古しの夜具だ。
コールアはカサが恋しかった。
そして、カサの女が呪わしかった。
いや、呪わしいなどという言葉では生易しい。
嫌い、などといういう一般的な感情ではない。
――憎い。
そう思っている。
単なる憎悪ではない。
その女を皆の前に引きずり出し、滅茶苦茶にしてやりたい。
その女を、これ以上ない冒涜的な行為の末、打ち殺してしまいたい。
その女の死体は葬らず、カサの前で醜く腐るままに朽ちさせてやりたい。
だからコールアは、ウハサンを前にして止まらない。
落石が礫場に落ちるまで止まらないように、コールアも、カサの女を害するまで止まらないのだ。
「誰なの! 言いなさい!」
鬱陶しい笑いを浮かべ、口を開こうとしないウハサンに、コールアは苛立つ。
歯ぎしりし、手を振り上げようかと本気で考え始めた頃になって、ようやくウハサンの口が言った。
「カサの女はな、」
グックックと喉で、トカゲの鳴き声に似た笑い声を鳴らす。
「サルコリだ」
想像を超えた答えに、コールアは長い間、思考が停止する。
――サルコリ?
唖然とする。
――カサの女が、サルコリ? カサは、サルコリを抱いて悦んでいるの?
驚きはやがて、鬱屈していた憎しみと融合する。
――この私よりも、サルコリを選んだと言うの……!
自尊心につけられた傷が、コールアの憎悪を駆りたてる。
「……あなた、その女が誰か、知っているのね」
内腑をうごめく激情に、コールアの声が震えている。
「――ああ」
値踏みするようなウハサン。
その卑屈な笑みにコールアは気づく。
――この男は、自分に命令されるのを喜んでいるのだ。
そう、ウハサンは自分でも気づいていないが、コールアの命令を待っていた。
「あなた、私を抱きたい?」
コールアの扇情的な目に、ウハサンはゴクリと唾を飲む。
瞬間立場が逆転し、ウハサンはコールアの下僕となる。
「……あ、ああ……」
ならば、コールアは居住まいを正し、ピシリと言い放つ。
「その女を、滅茶苦茶にしてやりなさい」
その目には、燃えるような怒り。
「滅茶苦茶にして、皆の見える所に晒してやりなさい」
それが、それこそがコールアの望みなのだ。
ウハサンは、陶然とコールアを見上げ、
「あ、ああ……!」
「そうしたら、あなたの事、考えてあげてもいいわ」
「わ、判った……!」
涎を垂らさんばかりに緩んだウハサンの顔。
カサとラシェの密やかな関係に、終焉が近づいている。
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