創痍
戦士が邑に帰ってきた。
ラシェはこの日を待ち望んでいた。
カサに、自分の気持ちを伝えねばならない。
あの日以来、ゾーカはラシェに手下の者を使って、監視をつけるようになった。
グディという体の大きな男だ。
グディはもちろんサルコリで、頭のめぐりは悪いが力が強く、ゾーカから荒っぽい事を任される事が多い。
女子供老人かまわず乱暴なグディは、サルコリの中ではある意味ゾーカよりも嫌われている。
そのグディが、ずっと見張っているのである。
ラシェはグディの胡乱な瞳が嫌いだった。
その目で、ゾーカが仕事に使う女を殴っているのを見た事がある。
ゾッとした。
薄ら笑いを浮かべ、よだれを垂らしながら、絶え間なく女を痛めつけるのである。
外見からしてまともな男ではないが、その時のグディは、カサがよく口にする獣そのものに見えた。
ラシェは焦っている。
ラシェは所詮女で、ゾーカがその気になれば、思い通りにする事はたやすい。
そう考えるだけで我が身が汚されたように、悪寒が背筋を這い回る。
――早くカサに抱いてもらわねば。
言葉として具体化はしていないが、ラシェの焦りはそのような気持ちから来ている。
夜、グディの監視を欺き、待ちあわせの岩に座って待つ。
あと一刻もすれば落ちるであろう月を眺めながら、ラシェはカサにどのように言えば良いか、悩んでいる。
あまり直截的な言葉では恥ずかしいが、奥手なカサを動かすには、遠まわしすぎてもいけない。
――カサは、女の子の方からそういう事を言い出すのを、嫌がるかもしれない。
そんな風に考えだすと、今さらながらボロ同然の着衣が恥ずかしくなり、伸ばしたり端折ったりつまんで脇に挟んだり、何とかして指の通るような大きな穴を隠す。
髪が乱れていないか、気になる。
——下着は洗ったっけ。昨日洗った。しまった。今日洗っておけばよかった。困った。でももう遅い。
等々あれこれと、ラシェは岩の上で一人思い悩んでいる。
月が落ちても、ずっと考えを巡らせては、浮き上がったり沈んだりしている。
だけど、その夜、カサは来なかった。
帰ってきた時のカサの顔を見て、ヨッカは驚いた。
ゾッとするほど荒んでいる。
落ち込んだり、悲しんだりするカサを見るのは珍しくない。
カサは優しい性質だし、何か問題が起こっても、誰かにそれをぶつけたりしない。
――いったい、何があったのだろう。
しかし、今のカサは全身に怒りをみなぎらせていて、まるで焼けて弾ける前のデツの実だ。
ヨッカですら声をかけられぬほど近寄りがたく、カサの周りの戦士も、距離を置いている。
何があったのか訊こうとソワクをたずねてみたが、
「俺からは言えん」
の一点張りである。
仕方なく、ヨッカは天幕に閉じ篭ったっきりのカサに、かいがいしく食事の世話をする。
だがカサの様子は、変わらなかった。
いつ覗いても、真っ暗な天幕に横たわっている。
だが声をかけてもカサは返事をしない。
ヨッカはあきらめ、食事を置いて天幕をでる。
時間をおいてまた食事を置きにゆくと、カサは同じように横たわっていて、前の食事には全然手がつけられていない。
そんな日が何日もつづく。
途方にくれて、一度トカレに相談してみたら、
「ヨッカに解らないのに、私にカサの事が解るはずがないわ」
と正論で返されたものの、
「お酒でも飲ませてあげたら? カサの悩みがなんにせよ、早めに吐き出させてあげるのが、一番の薬になると思う」
助言に従い、ヨッカは酒精の力を借りる事にしたのである。
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