拙速

 自分の天幕に逃げ込み、ラシェはようやく息をつく。

 乱れた胸元をかき寄せ、悪寒に身を震わせる。

「お姉ちゃん、ぼく、起きてたよ?」

 眠そうにカリムが身を起こす。熾した火に焼けた頬が、赤く火照っている。

「ごめんね? 寝てて良いの」

 ラシェがカリムを寝かせてやる。

 今年十歳(約八歳)になる弟は、最近成長が著しい。

 背は高くなり、手足はしなやかに伸び始め、ふっくらとしていたはずの体も、丸みが消えて直線的な輪郭をとり始めている。

 あの甘えん坊が、いつの間にか自分の事は自分でできるようになっていた。

 手がかからなくなった事に一抹の寂しさを覚えつつも、その分カサに会いにゆく時間が増やせるのは有り難かった。

――だけれど、これから私たち、どうなるんだろう。

 今しがたの出来事で、動悸が治まらない。

 父は死に、母も死んだ。

 弟は大きくなりつつあり、やがて自分の手を離れるだろう。

 カサとの関係にも未来は見えない。

 やがて来るカサとの別れの前に、ラシェには一つだけ望みがある。

 それはとても小さな望みだが、ラシェにとっては最も大きな望み。

――カサの子供がほしい。

 もしカサとの間に子供が出来たのなら、ラシェはその子の父親の事を、誰にも語らないだろう。

 ひっそりとカサの子を産みたい。

 そしてその子を育てる事に、残りの生を費やしたい、そう願っている。

 弱き立場な分だけ、カサよりもラシェが現実的に状況を見ている。

 この関係は、最終的に何が待とうとカサに迷惑をかけてはいけない。

 だが、カサに迷惑が及ばぬのであれば、ラシェもカサから何か一つぐらい受け取っていいはずだ。

 その答えが、子供なのである。

 サルコリでは私生児など珍しくもない。

 ラシェが誰のものとも知れぬ子を孕もうが、気にする者はいないであろう。

 ラシェはカサに抱いてほしいと思っている。

 それは情欲ではなく、情緒である。

 カサがそうしないのは、それだけラシェを大切に想っているからだ。

 次にカサが帰って来たときに、ラシェはその気持ちをカサに余さず伝えようと思っている。

 この前は恥ずかしくて言えなかったが、ゾーカのような男に目をつけられたとあっては、急がねばならない。

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