戦霊
カイツは、日の沈まぬうちに狩り場に葬られた。
どの社会にも、死者を弔う独自の文化がある。火葬、鳥葬、埋葬など。彼らの文化は埋葬という形を取っている。それもごく素朴な埋葬で、棺桶のような器を用いない。人は死ぬと、魂が肉体を脱け出し、砂漠に漂うとされているので、魂を閉じ込めるような手順は極力避けられる。
さらに、戦士階級は邑から離れた場所で命を落とす事が多いので、彼らの為だけの特殊な葬送の儀がある。
埋葬は、まず縦に長い穴を掘る。
深さは約七トルーキ(二メートル強)。
この穴に手足を折りたたみ、膝を抱くような姿勢で死者を収める。
ここまでは、部族一般の葬儀と同じ。
違うのは、死んだ戦士が使っていた槍先を用いる事だ。
魂が肉体と結合するとされている場所、肋骨が胸の前面で集中する胸骨のすぐ下で、そこに革紐で死者が使用していた槍先、コブイェックの牙を結びつける。これは解剖学でいうところの心臓の位置に当たる。鼓動と人間の魂魄について、彼らの民族がこの二つを関連させている事は非常に興味深い。
カイツの埋葬は丁重に進められた。
清拭された遺体の手足を折りたたみ、胸元に牙を結びつけた状態で、戦士によって掘られた深い穴に下ろされてゆく。
当人が使っていた槍身を用いて、緩慢に沈められてゆくカイツの体が穴の闇に消えると、カサは目を閉じる。
――ああ、カイツ……。
あれほど望んだ戦士に、ようやくなれたというのに、こんなにも早くその生を閉じてしまうとは。
カサは胸に耐えがたい痛みを覚える。
それは心の痛みのはずなのに、実際に体に刺されたように息が苦しい。
――守ってみせると、決めたのに……。
カサはうつむく。
ずっと握り締めたせいで、手にはもう感覚がない。
――この命に代えても守ると誓ったのに。
カイツの笑顔が目に浮かぶ、勝気な少年の笑顔。
――なのに、どうして……!
握りこぶしの内側の皮膚が破れ、血がしたたり落ちる。
更なる苦痛を求めている。
心に何か大きな重圧がかかったとき、苦痛に救いを見いだす戦士は多い。
――僕は、何の力も持たない人間なんだ。
周囲から優秀な戦士だと言われただけで、何を慢心していたのだろう。
実際にはこんなに小さな少年一人守れぬというのに。
もしも叶うならば、この命を砂漠に捧げて、カイツを取り戻したい。
未来ある彼に、もっと人生の楽しみを与えてあげたかった。
だが幾らそう願えど、カイツが再びカサにあの笑顔を向ける事は二度とない。
カイツを納めた穴に、掘り出した土がかぶせられてゆく。
カサの目蓋に焼きついた、胸元に輝く獣の牙。
血にまみれた事のない真っ白な槍先。
それはまるで汚れを知らぬカイツの魂のようだ。
「戦士カイツが、ここに眠る」
霊詞を詠よむのは、大戦士長ガタウ。
「戦士カイツの魂は戦霊となりて、我ら戦士を見守るだろう」
獣を狩る槍先に導かれ、戦士の魂はここ狩り場で、まだ生ける戦士を見守るとされている。
その教示こそこの血で獣と戦う戦士たちの慰めになるのだろう。
強く閉じた目から涙がこぼれ落ち、食いしばった唇から滴り落ちる。
カイツの魂を見送る戦士長としてうつむくカサの背を、多くの戦士が見つめている。
砂漠に陽が落ちる。
また一つの魂が、砂漠に落ちる。
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