宿営地

 狩り場の宿営地に着くと各々荷物と尻を下ろす場所を決め、槍先を締めなおし、狩りの準備を済ませる。

 カサも槍先を締める。

 他の者が持つ物と比べてヒョロリと長い、不恰好な槍先。

 周囲が奇異な眼で見るのを感じつつ、勤めて平静を装う。

 古参の戦士たちの中には気づいた者もあったろう、それはガタウが昔使っていた槍先によく似ていた。

 己の骨を用いた槍先だと、知っている戦士はわずかであろうが。

 革紐を締めおえ、カサは手を休めた。

 一年ぶりの狩り場の風は、忘れていた記憶をいくつも呼び覚ます。

 大小の動物臭、背の高い枝ばかりの木々、砂礫だらけの地面。

 今のところはまだ、カサは平静でいられた。

 だがやがて狩りが始まり、コブイェックを狩る事になるだろう。

 その時、己を保てるかどうか、自信はない。

――どうして狩りなんてするんだろう。

 弱気の虫が騒ぎだす。

――いっそコブイェックなんて、狩らなければいいのに。

 無理な話である。

 狩り場でコブイェックを狩らなければ、千人からなる部族の民の口に糊する事はできまい。

 動物性蛋白が不足し、行商人と高値で交易される牙も毛皮もない。

 夏営地周辺にはろくな獲物はおらず、植物資源もさほど豊富な訳でもない。

 危険な獣狩りは、ゆえに部族の男たちに課せられた責務なのである。

「集まれ」

 ガタウが戦士長たちを呼ぶ。

 五人組ごとに、獣を探す場所の割り当てを指示するのだろう。

 カサは少し離れた所で、ガタウの広く分厚い背中を見つめた。

 他の戦士長と比べて一回りも小さい身体は、若く長身の戦士長ソワクと比べると、頭一つ以上は違うだろう。

 体躯に筋肉はしっかりついているが、飛び抜けて頑強そうでもない。

――なのになぜ、大戦士長はあんなに強いのだろう。

 考えても分からない。

 ガタウの強さの秘密は、ガタウにしか判るまい。

 一途で、頑なで、融通のきかぬ強さ。

――自分には、ああはなれないだろうな。

 カサはそう思う。

 周囲もまた同じ見解である――ガタウを除いて。

 血の臭いの風が吹く。



 その夏最初の獣狩りは、いつもと少し違っていた。

 一番槍がガタウではなかったのだ。

 最初にコブイェックを見つけたのは、カフ率いる五人組だった。

 食事中の獣を見つめる禿鷲が、遠巻きに取り囲むように枯れ枝に群れているのを見つけたのだ。

 すぐに近くにいたイセテの五人組に知らせる。

 そこにラハムとセイデが加わり、鬨声を上げて獣を取り囲んだ。

 バーツィの部下が多い。

 それで二番槍がバーツィとカフに決まった。

 三番槍は、ラハム他の戦士長である。

 いつもならここで一番槍にガタウが入るのだが、この年最初の狩りは違う。

 一番槍は、ソワクだった。

 長身で、若手で最も有望視されているソワク。

 まだ二十八歳(約二十三歳)で、次の戦士長は間違いないと言われている屈強の戦士だ。

「ほう」

 と声を漏らした戦士が幾人もいた。

 ソワクが一番槍を任されるのは初めてではない。

 二十五人長以上の人間は、全て一番槍をこなしている。

 だが、最初の狩りは大戦士長の手によって始まる、という不文律がある。

 心がまえのできていない最初の狩りが、一番危険だからだ。

 最も強い戦士が、最も困難な一番槍を負うのは当然なのである。

 一番槍、ソワク。

 その決断に秘められた意味を、中堅以上の戦士は皆理解していた。

――大戦士長が変わる日も、遠くはない。

 ガタウもついに退く気になったのだと、皆が思った。

 いまだ圧倒的な戦士であるガタウも、やがては衰えるのだと。

 そしてそのガタウは終の槍についた。

 背後から獣の心臓をつらぬき、息の根を止める役である。

 一番槍についで、終の槍は困難な役柄だとされている。

 カサは、そのガタウのすぐ後ろにいた。

 思慮を明かさぬ男の後ろで、必死に何かを探りつづけている。

 戦士として生きるために。

 この狩り場で、生き残るために。

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