冒険

「遅えぞ」

 闇の中で誰かが言った。声からするとウハサンだろう。

「カサのやつがブロナーに気付かれそうになって……」

 トナゴが早速カサに責任を押し付けた。

「ゴメン」

 素直に謝るカサ。

「まだ来てない奴は?」

「ウォナとシジが」

「オイ。俺は居るぞ!」

 ウォナの声。

 満ちゆく月明りでかろうじて人影はわかるが、岩陰に潜む皆の顔は判別しずらい。

「シッ、でかい声出すな。じゃあ残るはシジだけか。アイツはいい加減だからな。絶対に一番最後だと思ってたよ」

 ヤムナがそう言うと、みな低く笑う。冒険前の興奮が、彼らを包み込んでいる。

「来たぞ」

 体を低く保った人影が近づいてくる。シジだ。

「オウ」

「遅えぞ」

 なじるように、ウハサン。

「そうか?」

 シジは気にした様子もない。誰かが笑い、カサもこっそり含み笑いした。

「行くぜ。夜が明けちまう」

 ヤムナにつづいて、他の者たちも立ち上がる。

 足早に野営地から離れ、南に回りこんで、巨石のゴロゴロと転がる狩り場にそろって足を踏み入れた。

 その様子を、離れて見守る者がいる。

 ブロナーだ。

 カサたちの後を尾けて来たのだろう、巧みに闇を拾いながら彼らの後につづく。狩り場に入る段階で止めようか迷ったが、今しばらく見過ごす事にした。

 この手の肝試しは、若い戦士たちの間で毎年必ずのように行われる。

――血で思い知るまでは。

 ブロナーはしばし躊躇したが、狩り場もさほど深くまで踏み込まねば、そうそうコブイェックには遭遇しまいと我慢を決め込むことにした。

 自分がまだ新顔戦士だった頃を思い出しながら、ブロナーは彼らを追う。

 何か小動物の二三でも狩るのを待ってから退散させよう、こんな早くから水を差すこともあるまい。

「オイ、そろそろやばいんじゃないか?」

 一番に弱音を吐いたのはトナゴだ。

「うるせえトナゴ。黙ってろ」

「あんまり深く行くと、コブイェックが出ちまうよ」

「おもしれえじゃねえか。そん時は俺たちで狩っちまおうぜ」

「無、無理だよ。戦士長も居ないのに……」

 いい加減痺れを切らしたラヴォフが、

「うるせえ! 黙ってねえとテメエから狩っちまうぞ!」

 本気で恫喝されて、トナゴはしゅんとする。

「見ろよ、まだカサのほうが肝が据わってるぜ。なあ、カサ!」

「ウ、ウン」

 ラヴォフに肩を抱え込まれて気の無い返事を返すカサ。

 それをトナゴが恨めしそうににらむ。

「オイ静かにしないか。獲物が逃げちまう」

 ヤムナの叱責も、

「ハッ」

とラヴォフは意に介さない。

 生来の気質で、ヤムナに強い対抗心を持っている。

 それをねとつく視線で遠巻きに追うのがウハサンだ。

 機を見るに敏なこの男は、いつでもヤムナのそばに居る。

「シッ」

 斥候右側のウォナが静止し聞き耳を立てる。

 獲物の気配を感じたのだろう、カサもわずかな獣臭をかぐ。

 つられて他の戦士たちも、ウォナの視線の先を注視する。

 砂ギツネ、いや甲殻四足獣(コウクヅ)だろうか。

 まさか、コブイェックということは有るまい。

 それならばもっと強い獣臭がある筈だ。

 いやしかし、微風ながら風上は隊列の横方向だ。

 湿った夜気――ティランが獣のまとう強い獣臭を散らしているのかもしれない。

 カサの耳にゾワゾワと、悪霊の手のように冷たい恐怖がはしる。

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