昂ぶりもやがて静まると、落ち着きを取り戻した戦士たちは、この年初めての狩りの成功を口々に称えあう。

 牙を薄く削りだした小刀を手に獲物の解体がはじまり、血まみれの臓物を前にすると、はしゃいでいた新米の戦士たちも、さすがに顔色をなくした。

「よく見ておけ。斃した獣は、まず牙を抜かねばならない。ここは獣の肉体と魂が結びつけられる部位だ。死した後すぐにここを外さないと、獣の魂は牙に乗りうつり、斃した戦士――終の槍にとり憑き、その者の魂を食らう」

 この狩りの終の槍、二十五人長のソワクが、一列にならんだ新顔の戦士たちを前に、細かな説明をさしはさみながら解体手順を段取りよく進めてゆく。

 異様に発達した左の牙をはずす時の、歯茎の肉がミキッときしむ音は、カサの背筋を寒くした。

「今日この時、お前たちははじめて戦士となった。決して忘れる事なく、戦士として誇り高く生きよ」

 そう言って、取り外したばかりの牙をカサたちに差し出す。

「受け取るがいい」

 ソワクの広く節くれだった手のひらに乗った犬歯は、四分の一トルーキ(八センチ強)ほどもある。

 その犬歯のゆるく弧をえがいた錐形の外側に、赤い線が縦に一本通っている。

 なめらかなホーロー質の下、その赤は牙のもつ磁器のような表面に、美しい色彩の強調をあたえている。

 一列にならんだ若い戦士たちは、さし出されたその牙に、チラチラとお互いの顔色をたしかめている。

「ありがとう、戦士長ソワク。すばらしい狩りでした」

 臆することなく受け取ったのは、ヤムナである。

 居並ぶ者たちは、横目で少し残念そうな顔をみせたが、ヤムナに逆らおうという者はいない。

「獣の解体の様子をよく見ておけ。狩り場を出るまでに、お前たちも覚えなければならないのだ」

 言い残してソワクは背中をみせる。

「見ろ、この牙は俺のだ!」

 自慢げにそれをかざすヤムナ。取りまきたちが周りをかこむ。

「すげえ!」

「これが本物の牙か!」

 口々に、驚嘆する若者たち。

 彼らの手にある槍の先にも同じ獣の牙がくくりつけられているのだが、目の前で狩られた獣のもの、という事実がその牙を特別なものにしていた。

 カサも物欲しそうなそぶりを見せていたが、ヤムナの冷たい一瞥に、しゅんとちぢこまってしまう。

――後でいいから、見せてもらえないかな。

 腑分けは進んでいる。あおむけになった巨体の真正面の線を、牙を加工した小刀で大きく裁つと、内臓がなだれ落ちるように飛び出した。

 ドシャ。

 倒れた身体の左右に散らばった内腑は、ヌラヌラと濡れ、湯気をあげている。

 肉食獣特有のつよい臭いがしたが、慣れたかそれとも感情が麻痺しているのか、カサはもう気味悪く感じたりしなかった。

――きれいだな。

 とさえ、思っている。

 身体の芯がまだ微震している。

 狩りの興奮と、戦士長たちの堂々とした振る舞いが、幼いカサに勇気と誇りを与える。

 獣から肝臓をとりわけ、小刀を入れると、ドロリと赤黒い血がしたたりおちる。

 その血に、戦士たちが各々の槍先をひたしている。

 新鮮な生き血を吸うと、槍先が強くなる。

 その血が新鮮であればあるほど、槍先にの牙は強さを増すとされている。

 目をこらして検めると、歴戦の戦士の槍先ほど、全体が茶色がかっている。

 カサは、自分の槍の先端をみた。

 そこにはヤムナが先ほど手に入れたものと同じような牙がくくりつけられている。

 純白に近い白。

 それはまるで、何も知らないカサたち未熟な戦士のようでもある。

 大戦士長ガタウの槍先についた、闇のように黒い牙を、カサは思い出した。

 あそこまで黒く染まるには、一体どれだけの獣が必要なのだろう。

 ガタウが下げている牙は、他の戦士長たちが下げている物と比べてふた回り以上も大きい。

 戦士長は、自分が狩った獣の牙を首に吊るすと言うが、それならばガタウが狩ったコブイェックとは、どれほどの大きさだったのだろうか。

――誰かが言ってた。大戦士長の槍先についているのは、獣の牙なんかじゃないって。あれは、失った左腕の骨なんだって。

 根も葉もないだろうそんな噂を、カサは本気にして、

――腕を失くすような目にあったら、僕なんか生きてゆけないだろうな。

ガタウの落ちくぼんだ目と欠けた左腕を思い出し、一人ぶるりと身震いした。

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