第5話 わずか数年しか存在しなかった部活
「ちょっと待ってください先生。じゃぁ、もともとマジカルサイエンス部ってのは科学部だったってことですか?」
机の上に置いてある二つの銘板を見る限り、それは間違っていなさそうなのだけど、どうにも腑に落ちないことがあったから。
そしてふと思い出す。次年度で創立五十年にもなろう南桜高校にあって、理系部活名の筆頭に上がってきそうな科学部の名前が無いのは、不思議といえば不思議だ。
「そういうことだ。もともとは科学部なんだよ。それが新メンバーを追加したことで、マジカルサイエンス部に名称変更して、それから数年間だけ存在したものだ。今ではみんなもよく知る『ドリームエンタテインメント部』と発展的合併をして単独の形としては残っていない」
先生は、当時を懐かしむように話してくれた。
名称変更は、年度末の科学部に在籍する部員数が最低ラインを下回ったことに端を発するのだと。
「みんなそれぞれ当時の部員同士で結婚しちゃったから……、名字で呼ぶとややこしくなるな……。失礼ながらみんなの両親のことを当時と同じく下の名前で呼ばせてもらうけれど、最初は『科学部』にいた祐一と啓介がクラスメイトでもある裕昭に声をかけて、三人目を確保した。ただ、そのままで年度を超えたくないと、同じく幼馴染みだった奏天と瞳海に声をかけた」
「あ、うちのお父さんとお母さんの名前だ」
「俺んちもだ」
博史くんと私もすぐに気が付く。もともとこういう組み合わせだったんだね。
「そこで五人となって人数はクリアしたけれど、科学と魔法というのは完全に別物のアプローチだ。それを許容できるか。そして、『科学部』の名前のままでは魔法というものを正式に扱うには無理がある。そんな理由で『マジカルサイエンス部』という名前に変更した。その年からだ。いろいろな出会いがあって、桜花祭では生徒会の上を行く企画をぶち上げるようになったのは」
森田先生も楽しそうな思い出話ということは、顧問で見る立場だった先生も楽しかったってことなんだろうね。
「あの生徒会の想像を超えていたってことですか?」
「あぁ、生徒会の連中が慌ててたよ。前年までの桜花祭では閑古鳥の理科室が、待機列が軽く一時間を超えるものになっちまったんだからなぁ」
「それがあの桜花祭の動画だったのか……」
「最初の年で、『ここまでやるか』と思ったけれど、好きなようにやらせていたら、みんな楽しそうだった。見ている方も楽しかったもんだ。特に二年目に『ドリームエンターテイメント部』が発足して、その対決でこの特別棟は大変な騒ぎになった。それに懲りて生徒会から共同出展にしてほしいとなった。それで何年か後に規模も小さい『マジカルサイエンス部』を吸収したんだ」
ドリームエンターテイメント部といえば、一年間をかけて桜花祭の出し物を考えている他の大型部活と肩を並べる大所帯。昨年も校庭を使っての人気アトラクションを作っていた。あそこと対等に渡り合えて部活動出展コンクールで二年連続の優勝をもぎ取るなど、少数精鋭での活動だったんだろう。
「うちの母さんは、このマジカルサイエンス部に救われたと言ってます」
「うちもそうです。耳が悪くてずっと引っ込み思案だったけれど、素敵な人に会えて、その人の後輩になりたくて学区外の中学選択をしたと聞いてます」
海斗くんと咲来ちゃんが顔を見合わせて頷いている。
「二人ともそのとおりだ。杏子は最初の年だな。科学館の出張授業の時に、瞳海がアテンドについた。瞳海は暗いところでも手を触れていれば会話をする必要が無いからな。その時に担当した瞳海の後輩になりたいと中学受験をしたのは本当だ。それと萌恵は、高校三年生の途中までは目が見えなかった。祐一の知り合いだったってことと、魔法力が強力、人望の厚さからスカウトしたんだ。結局、盲目の原因が分かり、呪縛が解かれた彼女は卒業式は白状を持つ必要がなくなって卒業した。この二人の存在は当時としては非常に大きかったよ」
森田先生が、再び準備室からアルバムを持ってきた。卒業アルバムではなく、それぞれの活動の様子を都度撮影したスナップ写真だ。
「これが桜花祭の時の写真だ。階段まで列が伸びてしまって、列整理で大変だったなぁ」
「うわ、本当にこの行列だったんだ。あの映像はやらせじゃなかったんだ」
先生はそこでも大変だったと言いながら笑っている。それだけでも、わずか数年だけ存在したマジカルサイエンス部の活動が、記憶に残るほど楽しいものだったという証人でもあるんだ。
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