第2話 「実家」に出勤するお母さんたち


 翌朝の九時半、私はカフェ・ジャスミンのテーブルで用意をしながらみんなが来るのを待っていた。


「高校生だけでカフェ?」と言われてしまいそうだけど、実はこのお店はお母さんが切り盛りしている。


 もともとのことを言えば、博史くんのお母さんの奏天さんが店長になっている「こころ屋」という雑貨のお店に併設されていて、カフェ部分は私のお母さんが担当している。


 もっと言えば、このふたつのお店はお母さんたちの実家兼店舗だから、今は「実家に通勤」をしていることになるんだよね。


 ジャスミンの方には、お母さんのお手伝いとして、咲来ちゃんのお母さんでもある杏子あんずさんもいる。杏子さんは補聴器をつけていて、難しい会話の時は少しぎこちないときもあるけれど、普通の手話だけでなく指手話とか読唇は完璧。そもそもお母さんとのコミュニケーションは触れるだけでいい。


 あ、そのことをちゃんと話していなかったよね。


 そもそも、このこころ屋自体が普通の雑貨店ではないかもね。特徴なのは誰でも小さな魔法が使えるアイテム「夢砂」を販売しているところにあって、それ目当てのお客さんも遠くから足を運んでくる。


 お母さん、奏天さんだけでなく「魔法使い」と呼ばれる特別な力を持っている人たちがいて、お母さんたちは学生の頃から夢砂だけでなく、個別カウンセリングも行っていたって。


 その夢砂は今もお母さんの方が上手に作れたりお薬のように調合も出来ることから、こころ屋の方に呼び出されることもある。


 私たちより年下から、お母さんたちの年代まで幅広い層のお客さんをもつこころ屋と、そこの一画を改装したのがジャスミン。花言葉にかけたって教えてくれたっけ。


 そう、魔法使いって言葉が出たけれど、お母さんも奏天さんも、そしてそんな双子姉妹から生まれた博史くんも私も能力の差はあれ魔法使いと呼ばれる部類に入る。力の差はみんなそれぞれだけど。


 咲来ちゃんは違うけれど、その事を気にしたりはしない。


 お母さんの一番の力は、他の人に触れると言葉を使わなくても心の中同士で会話ができる。


 だから、杏子さんからオーダーを受け取ったりするときも言葉は必要ない。


 一方の奏天さんも、自分の見たものを相手の頭の中に直接送り込むなんて技も持っているから、こころ屋だけでなくジャスミンも一人ではなかなかカフェに行けないなんて人たちにも大人気のお店になっている。


 私もお母さんの影響から、夢砂作りを教えてもらったり、お母さんも私がどんな力を持っているのか確かめようとしている。


 そんな、魔法使いと努力の結晶でもあるこのお店に私はいつものメンバーを集めた。


「一体何を始めるの? パソコンまで持ってきて?」


 今日みんなを集めることはお母さんには話してあって、一番奥のソファ席を確保してもらっている。


「お母さんたちにもあとで見てほしいものがあって、意見を聞きたいんだ」


「他のお客様の迷惑にならなければいいわよ。奏天も必要?」


「うん、杏子さんにもいてもらったほうがいいと思う」


 私のこの一言で、お母さんの顔が少し変わった。


「まさか……、風花……」


 きっと、私がまだおぼろげにイメージしているものをお母さんはすでに読み取ったのだろう。


 でも、その表情は少し複雑そうだ。


「とにかく、みんなが集まってから話をするよ」


「なんとなく想像はつくのだけど、あんまり気負いすぎたり、無理はしないほうがいいわよ。風花は多分今のみんなの中で一番力が強そうだから……」


 そう、たぶんお母さんは私がここにみんなを集めた理由に気づいている。そして、私の力のことも分かっている。いろいろなことを知っているから心配でもあるんだと思う。


 でも、本当にその話が動き始めるかはみんなの了解をもらってから。


「そうね……、あんな無茶苦茶をしなければ大丈夫だと思うけれど……」


 お母さんはそう呟きながらお菓子を焼いているオーブンの様子を見に行った。

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