第1話 朝の階段駆け下りレース


「はぁ……」


風花ふうか、いつもより支度時間掛かってるわよ。博史ひろしくんに迎えに来てもらったら、風花の連続記録も終わっちゃうわよ?』


 鏡の前で、とっくに制服への着替えが終わっているのにため息をついていた私に、階段下からお母さんの声が聞こえてくる。


 その声が終わるかどうかの時にインターホンの音が聞こえた。


「あら、海斗かいとくんだったの? ずいぶん早くない?」


 玄関のドアを開けたお母さんの前には元木もとき海斗かいとくん。隣のドアから出てくる渋谷しぶや博史ひろしくんではなかった。


「いつものバスで乗ってきたんですけど、二人の姿も見えなくて、降りちゃいました」


「ごめんねぇ、風花の調子が乗らないみたいで。風花をここまで連れてくるから、お隣もお願いしていい?」


「分かりました」


 玄関のドアを開けっ放しにして、隣のインターホンを押した音が壁の向こう側から聞こえてきた。


 こうなったらタッチの時間差勝負! ドタバタと階段を降りてくる音が壁の反対側から一階に降りてくる直前に私は靴を履き終わっていた。


「今日の勝負も風花の勝ちだな」


 海斗くんが勝者の宣言をする。


「くそー、今日は風花が遅かったから時間狂っちまった」


 まったく、じゃあいつも私の準備している物音で用意してるってことなの?


「三人とも、気を付けて行ってらっしゃい。奏天かなで、わたしたちも準備しなくちゃね」


 お母さんはお隣のドアに向かって声を掛けると、再びお家の中に入っていった。


 海斗くん、博史くんと一緒に学校へ歩いて向かう。


「風花ちゃん、調子悪いの?」


 まだ朝レースの結果にブツブツ言っている博史くんは横に置いておいて、海斗くんが心配そうに声をかけてくる。


「えっ? ううん、体調は大丈夫なんだけどね。次の桜花祭の話題を振られちゃって、どうしたらいいか悩んじゃって。お母さんたちの時代が凄すぎたんだよね……」


 そう答える私、尾崎おざき風花ふうかと階段駆け下りレースの連敗記録更新中の渋谷しぶや博史ひろしくんと、そんな私たちを迎えに来てくれた海斗くんと三人で学校に歩いていく。


 そうそう。壁一枚の音っていうのは、博史くんと私のお母さんは元々が一卵性の双子。学生の頃はまさに瓜二つで、髪型とかでみんな見分けていたって。


 その時に同級生だったクラスメイトとお付き合いをして、四人とも仲が良かったから、お互いに結婚したあとは二軒続きのテラスハウスを選んで住んでいる。もちろん玄関は別だし、中は独立したお家だけど、階段は同じ壁に接しているから、この朝のドタバタ劇は毎日の恒例行事なんだよね。


「それにしても、風花ちゃんがそんなにため息をつくなんて、何かあったの?」


 海斗くんが不思議そうに尋ねてくる。


 仕方ないか……。お母さんたち双子の世代とは正反対に、男の子にも負けない元気なのが取り柄だと言われている私がため息をついて、しかも登校時間に遅れそうになるなんて。


 小さい頃から遊んでいたこの二人には分かってしまうだろう。


 三人で教室に入ると、先に着いていた寺尾てらお咲来さくらちゃんが出迎えてくれた。


「おはよう! どうしたの風花ちゃん、なんか顔色良くない。保健室行く?」


 私を自分の席に座らせて、残りの三人がそれでも心配そうに見てくる。


「なんか、昨日の夕方に生徒会室に呼び出されたみたいだけど、そこで難題を突きつけられたな?」


 そのとき、私の中に一つの数字が浮かんだ。


「そうか……、あと一人でいいんだ……。でも誰かいる……」


「どしたの? 一人がどうかしたの?」


 咲来ちゃんも不思議そうな顔をしている。


「ねぇ、みんな明日の土曜日ってスケジュール空いてる?」


 突然の逆質問にみんな顔を見合わせたけれど、三人とも答えてくれた。


「どうせヒマだし」

「なんか面白いことやるの?」


 学年末試験の終わったこの時期、そしてこのメンバーを考えると……。


 うん、話すのはこのタイミングしかない。


「明日、ジャスミンに来てくれる? 時間はあとでスマホに流すから」


「了解」

「待ってるね」


 私が少しずついつもの調子に戻ってきたことに安心したのか、みんなそれぞれの席に戻っていった。

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