第16話 謎解き、仮確定


 次の日の謎解きタイムが訪れた。



 午後から三人は、考察を繰り広げていく。

 シェロの出題したクイズに沿って話を進めていくのだ。


 可能性として濃厚なものは仮確定としていくためだ。

 あくまでも確定ではない。慎重にことを運ぶために、仮の確定とする。

 

 此処堀巡査がカムイにそう説明をして、ルールとしたのだ。

 早速本題に入る巡査。




「では警察の見立てから、言わせてもらいます」


「……はい」



 唾をごくんと飲み込むカムイ。

 聞き漏らさない様に真剣な顔で返事をする。


 いよいよだ。


 自分なんかでは全く紐解けなかったクイズの真相に近づくのだと。

 決して全てが明確になるわけではないとしても、警察の見解がどのようなものか、内心ではワクワクしているのだった。


 ただのクイズではなく、現実の人間の失踪を紐解くカギとなるものと知った以上は、推理小説家の卵としては興味深いところではある。




「まず初めに、このクイズにおける設問は、一つではないということです」


「……だから番号で分けたのですね」




 その通りだ、察しがいいな。

 警部と巡査は微笑みを見せて肯いた。




「①から⑧までを個別に考える必要があったというのが、僕たちの見方です」



 巡査は、新たにシェロのクイズを印字した紙のコピーを皆に配る。



 ☆ ☆ ☆

 ① 少年がひとり部屋のなかに居た。

 ② 少年はある空想をしていた。

 ③ 空想の内容は、殺人事件だ。

 ④ 少年の頭の中で殺人事件が起きた。


 ⑤ すると少年は、現実の世界で110番通報をした。

 ⑥ すぐさま警察隊が出動してきた。


 ⑦ 警察官たちは、他殺の線で捜査に乗り出した。


 ⑧ さて警察はなぜ、殺人事件の捜査を始めてしまったのか?

 ☆ ☆ ☆




 巡査は説明を始めた。



 全部で8行ある。



 番号なしで上から順に読み上げていくと、ひとつのクイズだと考えることになり、どうしても、それぞれが情報として邪魔をし合うので結局、可能性や見方が増え、正解はひとつではなくなるわけだ。



 クイズは簡単な謎解きだという説明を出題者が言ったにも関わらず、難問となっている点だ。



 そこで、8行あるので、ばらして見て行こう。



「そのように捉える根拠は、①から④までは束ねてある。⑤と⑥もくっついている。着目したのは、④と⑤、⑥と⑦、⑦と⑧。ここに不思議と行間がありますね」


「……あ。……そ、それはボクらの小説はネット小説で、横書きで表示する際の見やすさへの配慮だと思い込んでいました」


「そうなのです。ネットを見慣れている人達、まさにネット小説を読んでいる人達はそんなの今どき普通だよ、と署内でも意見がありました」



 巡査は続けて説明を加えていった。



 ネット小説は画面を見続けるので、大量の文字を詰めて書かれていると目に負担がかかるという観点から、そう言った配慮が当たり前な部分もある。


 近年のネット小説では行間が一定ならそれらを読みやすさと解釈して、差し支えないかもしれない。



 だがシェロのクイズは紙にペンで書かれていた。



 カムイの解答が何かまで、おそらく計算には入れてないだろうと。

 このクイズは警察に見せるためのものだ。


 行間に着目して「バラして見よ」というメッセージではなかったか。



 

「カムイくん、書き手とは読み手に考える余地を与えながら、文章を構成していきますよね」


「はい……」


「表面的な見やすさなら、僕がいま手渡したものに星印が振ってあるのがわかりますね」


「あ、はい」


「では行間がもたらせる意味とは、どのようなものがあるのか教えてください」


「えっ? ボク、そんなプロみたいな説明できませんし。警察の方のほうが……」




 カムイが素直に応じない。専門的な知識がまだないから恥ずかしい。

 うつむき加減で目を泳がせるカムイに、警部が声をはさむ。




「それだよ坊や。キミは自信をなくすと口を閉ざす。その性格がでるとキミを外して捜査を進めても早期解決は望めない。私たちから説明を聞いたとしてもキミの理解が追い付いてなければ難航する。キミの知る範囲が何かを私たちは聞いて置きたいんだ。この意味わかるかな」




 警部の言葉にカムイは顔を上げた。


 自分の分かる範囲で読み解ける部分もある、と言う事なのだと理解したのだ。

 それを視認して巡査が口を出す。




「気づいたようですね。大人のほうがあれこれと考えすぎる。そこで星印などで区切ってからさらに行間をあけるのは──書き手のキミがどう捉えるのかです」


「あ! そういうのは時間の経過やシーンの切り替えに使います」




 カムイはせきを切ったように答えた。



 警部も巡査も笑みを漏らした。

 シェロがカムイに託した意味を考えたら本人に聞くしかない。

 シェロが警察に伝えるものをカムイの頭の中に隠してしまったのだ。




 巡査は言う。




「シェロくんの問いかけには時の経過を示唆している節がある。それが行間であり、同時に分解して読み解けと言っているのです。つまりシーンも切り替える……一節ごとが別の場面ではないかと。8行しかないのに分ける必要があること。では①から解いていきたい所ですが、⑧を先に考えたいと思います」



 カムイの目が疑問符を投げかけているが、カムイ自身も自分への問いでないなら何も言葉を挟まない方が早く先に進むと考えて、ここは頷くだけにとどめた。



 巡査が続ける。


 

「⑧ですが、この分段だけ疑問符がつけられています。8つを分けて読み解けと言うなら一番不自然な箇所になります。僕たちの考えをザックリ述べていきますが、全てに疑問は残るので、そこはきみの出番かも知れないので、よろしくです」


「はい、頑張ります」



 此処堀巡査がザックリと読み解けた部分を聞かせてくれるようだ。

 完全には読み解けたわけではない、警察の見立てはこうだという話だ。



 ⑧から考える理由は、巡査が述べた通りだが、続きがある。



 この問いだけを考えると現時点での捜査は失踪事件であって、殺人事件の捜査では無いと言うことだ。もしかするとシェロが、時間経過とともに殺人事件に発展する可能性を訴えているのではないか、ということ。『警察の仮確定、其の一』。



 次に一つ手前の⑦へ行く。


 

 ここでも殺人事件に関して触れている。

 だが殺人事件だとは書いていない。

 「他殺」という表現に置き換えている。



 他殺を意識下に置け。つまり視野に入れろということか。



 それに至る根拠はまだ出ていない。

 だが実際に警察がこうして出動している。失踪事件でだが。


 他殺の線でどこかを捜査することになるのか。あるいはすでに起きていることを調べてほしいのか。



 『警察の仮確定、其の二』。


 さらにその手前の⑥へ行く。


 この分段では、警察隊がすぐに駆けつけた、とある。

 それについては⑤の分段で、現実に少年が通報したからである。

 ⑥の根拠は⑤なのだ。



 クイズでは、警察が登場しなければならない。

 これを現段階の状況に照らすと、シェロの失踪にかこつけて、どこかで殺人が行われる可能性をシェロが情報として確認した、その可能性が言える。

 彼が盗聴器を仕掛けたなら、その線は十分に考えられる。


 

 しかも、じぶんが掛ける電話を盗聴器を通じて盗む意味はない。

 盗聴は他人の会話を悟られないように聴くものだから。

 別の誰かの通話というのが正解。

 『警察の仮確定、其の三』。



「ここまでをまとめると、シェロくんの失踪とその他にもうひとつ事件がある。それを僕たちに追及して欲しいということになりますね」


「だがね、ココホレ君。警察がこれを公には出来んな。極秘で任務に当たる必要がある」


「ええ、ほねおり警部のおっしゃる通りです」




 二人の会話にカムイが口を開く。




「シェロが危険な目に遭うからですよね?」



 

 警察隊がここに駆けつけた時点では、カムイから聴取をくりかえすが……。

 子供の証言に加えて、クイズのやり取りが説明の中心となる。


 その為、警察も話が一向に見えないばかりか混乱とまでは行かないが、カムイへの信頼を失っていくのだ。


 家宅捜索で見つかった盗聴器にはカムイの指紋だけが付いていたのだから。

 警察は当初、カムイがシェロ失踪に関わっていると疑っていた。



 疑惑があれば疑うのが警察の仕事だ。



 つまり失踪前のシェロとカムイのやり取りから、全てを現実のものとして受け止める必要性があるのだ。



 子供の失踪は時間とともに打ち切られるケースも珍しくはない。



 時間が経てばたつほど、難航していく。

 警察の捜索隊の大半はシェロの捜索に当たっている。

 しかし、カムイの動向も見張る必要がある。



 少年係の刑事二人が、その後もカムイから事情を聞き取る役目を本部長から受けた。


 ここまでの経緯をカムイ自身にも説明している。

 だが二人の刑事は、極秘といい、三人で進めなければならない特命の捜査だと伝えてきた。

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