第34話
「あーいう店から正式に注文受けたいからね。願掛けしに来てる」
「WXY」
「なに?」
ジェイドの発言に、女生徒はようやく足を止めた。
「ショコラトリー、WXY。知ってるよね?」
ようやく隙を見つけた、とばかりにジェイドは店の名前を出す。知らないことはないだろう。有名な老舗ショコラトリーだ。自分が働いているのは支店だが、間違ったことは言っていない。食いつきを確認し、さて、ここからどう攻めるか。ところで勝手に名前出してよかったのかな、と今更ながら悩む。
女生徒は振り返り、自信満々のジェイドの顔を見たが、結局また駅の方へ歩き出した。小さくため息をつく。
「知ってるよ。そこからの注文ならありがたく受ける。でもあんた個人からは受けない」
カルトナージュの技術には誇りがある。だからこそ、女生徒は必要な手順を踏んで、正式に依頼されたものしか受けたくない。安い妥協は腕を鈍らせる。フランスの伝統芸能は廃れさせてはいけない。若輩ながら、その志は高い。
「なるほど。こりゃ強情だ」
口では困りながらも、ジェイドは薄く笑みを浮かべている。
「なんでついてくる?」
地下鉄アンヴァリッド駅に到着したが、一向に諦める気配のないジェイドに、女生徒はそろそろ苛立ってきた。どこまで本気なんだろうか?
「奇遇だね。私と向かう方角がたまたま一緒だなんて」
息をするようにジェイドは嘘をつく。一九区には行った記憶はないし、今のところ行く予定もない。
「まだパリには慣れていなくてね。くねくねと曲がりながら、余計に歩いてしまう」
と言いながら、女生徒と同じ地下鉄に乗る。
女生徒がフェイントをかけてギリギリで降りると、ジェイドも同じように降りた。
「地下鉄は難しいね」
「はぁ……」
(無視しよ、めんどくさ)
地下鉄に乗っている最中も、休むことなくジェイドは話しかけてきたが、女生徒は全て無視した。ここ最近、音楽科のホールで出会った人とか、カカオ豆の選別とか、正直どうでもいい。
地下鉄五号線ローミエール駅で降り、通りの突き当たり手前、市役所横の道を一本入ったところにある、カルトナージュ専門店『ディズヌフ』。ここが彼女の家だ。もちろん、女生徒の後ろにはジェイドがぴったりとくっついてきている。
「着いたね。立派な店じゃないか。かの有名なラ・ヴィレット公園も近いんだね。素晴らしい。晴れた昼間にでもまた来たいね」
WXY同様、パリ特有の白を基調とした石造りの店舗。四本の柱となる部分には木の蔦が走っているが、丁寧に整えられており、風景美となっている。
もう夜も二一時だというのに、ジェイドは元気だ。むしろ一日の中で今が一番いい。店は閉店時間を過ぎているが、電気はついている。いてもたってもいられず、先に入ろうとし、ドアに手をかける。
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