第32話
WXYがある七区。夕方まで学校があるため働くことはできないが、練習や新作の勉強のため、毎日ジェイドは通うようにしている。毎日一、二時間であっても、学ぶ姿勢があれば実りの多い時間となる。そして八時頃には閉店し、帰宅。その前に、同じ区にあるパリで最古のショコラトリーへ。
ここは憧れであり、目標。もちろんWXYはこの店に並ぶほどの名店であることは間違いない。むしろ、雑誌やテレビの取材など、知名度としてはWXYのほうが上かもしれない。が、そういうことではなく、ジェイドにとっては『象徴』と言ったほうが正しいかもしれない。ショコラティエールとして、なにか惹かれるものがある。それはなんだろう。わからない。だから定期的に通ってみる。
その日もいつものように、店の前を通りかかる。中に入ることはしない。ライトに照らされた、ショウウインドウに飾られているショコラを見て、それだけで満足する。はずだった。
「ん?」
先客がいる。いや、別にガラスの前を定位置として、ジェイドが予約しているわけではない。だから先客と呼ぶのもおかしいのかもしれない。ただ気になるのは、同じ学校の制服だということ。同じ年くらいか、髪をまとめているせいで、少し大人びて見えなくもない女生徒。ショコラをじっと見つめている。気持ちはわかる。ここは装丁含めて、とても凝った演出だ。だが、そうじゃない気がする。
「ねぇ、キミさ」
横並びになり、ジェイドは飾られているショコラに視線を向け、その女生徒に声をかけた。
「誰? 会ったことあるっけ? なに?」
軽く敵意を向けながら、女生徒も視線をそのままショコラに、返答した。言葉にトゲがありそうな、冷たい印象。
しかし、怯まずジェイドは胸を張る。
「ない。でも、顔と名前なんか知らなくったって、勘でわかるよ。キミさ、ショコラじゃないよね、見てるの」
違ったらどうしよう。言ってから少しジェイドは焦ったが、まぁそうなったら人違いだった、で仲良くなろう。知り合いが増えるのはいいことだ、と切り替えた。
しかし、この日のジェイドの勘は冴えていた。そして豪運。
「そうだよ。家がカルトナージュ店やってて。色んなの参考にしてる」
つまらなそうに女生徒は呟いた。自分ならどう装丁するだろうか。仕事がまわってくれば、喜んで引き受けるのに。もっと持ち回りで、色んな店にやらせてほしい。
そこでやっとジェイドはショコラから視線を外し、よく磨かれたガラスに反射した、女生徒の目に向ける。
「探してた」
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