第22話

「? なにかあったんですか?」


 翌日の水曜日。バイトも終わり、閉店が近づくと、いつもとは違う雰囲気が感じ取れる。いや、店が慌ただしいのはいつものことだが、なにやら様子が違う。慌ただしいのは厨房やスタッフルームなどの方。


 そしていつもの相談役、エディットが事細かく事情を知らないジェイドに教えてくれる。


「うん、春の新作について話しあってるんだけど、オーナーから出されたテーマが『フランス』なのね。考えられそうな人がいたら、ぜひアイディアが欲しいって」


「『フランス』、ですか?」


 フランス。もちろん今いるこの国であり、サッカーが強くて凱旋門があって日曜日はどこも休みな、ここフランスのことである。ベルギー出身のジェイドは目を見開いて聞き返す。自分が来る前に発表されたのか。


 矢継ぎ早にエディットはトークを続けた。


「そうなの。春のフランスは、ヴェルサイユ宮殿とか、開花シーズンということもあって、国内外からの観光客で混むの。そこで今回のテーマは、パリの観光客を狙った『フランス』がテーマってこと。雨の少ない時期だから、アウトドアにもピッタリだし」


「なるほど……ありがとうございます」


 ほとんど息継ぎなしでエディットは喋ったのにも関わらず、ちゃんと頭に残る。これはこれですごいな、とジェイドは感謝した。


「それに」


 まだ喋る。


「噂でしかないんだけど、大きなプロジェクトが動いてるって話、あるじゃない? 今回、採用された人が、それに関われるんじゃないかって。オーナーは海外を色々飛び回ってて、なかなか新作の時間が取れないんでしょ」


 エディットの主観も混ざっているが、なにやらざわついているのはそういうことか、とジェイドは理解した。本来ならオーナーが主体となるはずだが、M.O.F、フランス国家最優秀職人章を持っている人物。世界各国から引くて数多の状態。春の新作となれば、冬のうちに考えなければならないが、それも難しいのであろう。


「なんなんでしょうね、そのプロジェクトって」


 気になる。自分には縁遠くても、気になってしまう。自分をアピールできるなにかがあるのなら、藁でもなんでもすがりたい。


 うーん、と珍しく口籠もりながら、エディットが不確定な情報を並べた。


「それも噂でしかないんだけど、ギャスパー・タルマって知ってる? あの香水とかの」


「ギャスパー・タルマ? なんかヨーロッパ中に調香師の学校作るとかってなってる、あの人ですか?」


 聞いたことはある。たしかECSC、『香り文化への多大なる貢献賞』も受賞している、フランスが誇る生きる伝説だ。同じくM.O.F。様々なセレモニーなんかにも彼の影響があるとかなんとか。ジェイドもベルギーでなにかと名前は聞いたことある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る