第12話

 例えば、南米やヨーロッパで活躍するサッカー選手のなかには、生きるために犯罪者になるかサッカー選手になるか、その二択しかなかった選手も多数いると聞いたことがある。盗んだ自転車に乗り、盗んだ食糧を食べながらサッカークラブに通った選手や、転がっている死体から携帯を盗み、テクニックを動画で学んだ選手など、過酷すぎる生い立ちがある者も。


 その他、様々なそういったプロの話を耳にするたびに、自分のハングリーさが彼らと同じプロと名乗っていい存在になれるのか、悩ましく思う。考えすぎだとはわかっているが、それがない限り、超一流のトップへなれないのではないかと、不安になる。もちろん、温室育ちのトッププロがいることもわかっている。だが、アメリや他店のショコラティエを見ていると、まだ引き返せる立ち位置の自分に発破を掛けられない。


「ふーん。まぁ、色々やってみたらいいんじゃない? あたしはショコラさえもらえればなんでもいいわ」


 そう、ポーレットに言ってもらえるのが、ジェイドは逆に助かる。誰しも、他人の未来の責任は持てない。「ジェイドなら大丈夫だよ」と言われても「根拠は?」と返してしまいそうな自分に嫌気がさす。


 食後にどこからともなくポーレットは現れる。間食にショコラがちょうどいいのだ。いつももらえるわけではないが、ジェイドを見かけたらとりあえず声をかけるようにしている。傍から見れば、まるでカンパをしているようにも見える。そして去っていく。


 ジェイドにはこれくらい、サラっとした関係がちょうどいい。人見知りもしないし、誰に対しても同じように接することはできるが、だからといって深い付き合いがしたいわけではない。自分の作ったショコラを食べて、感想を忖度なく言ってくれて、そして去っていくような。


「なにもかも順調、ね……」


 さらに友人関係も良好。夢までの最短ルート。足りないものはなんだろう。むしろ、今も名を残しているようなショコラティエ達は、自分と同じくらいの年齢の時に、どんなことを考えていたんだろう。


 まわりには少しずつ、生徒達が増えてきた。食事を終え、少し休憩というところだろうか。それともあと一時間ほどしかないが、今からランチなのだろうか。しかし、元々この場所は憩いの場として人気の場所。ひとりの時間をゆっくり楽しめたのは、幸運だよね、と自身に言い聞かせた。


「ま、移動しますか」


 もう少し、静かなところにいたい。空は見えなくてもいい。となると、ランチの時間だし音楽科のホールなんかどうだろうか。あそここそ、静か以外のなにものでもない。練習している人がいたら、まぁ、可能なら聴き入ってみようか。話し声なんかよりは全然心地がいい。どうせ次の講義は、さらに一時間空いて一四時から。行くだけ行ってみようか。


 歩いて五分ほどで音楽科が使用するホールに到着する。コンクリート打ちっぱなしの外観をしている。中に入ると、学生証のICチップに反応して開くフラッパーゲート。タッチして入り、ホールのドアに手をかけた開く。鍵はかかっていないようだ。


 ホールの中は三六〇度すり鉢状になっており、その中心には階段五段ぶんの高さの舞台。演奏するピアノにスポットライトが当てられている。古代ローマのアンフィテアトルムから着想を得たという、客席がステージを円形に囲むホールだ。

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