第7話

 白を基調とした石造りの建物の一階。壁にはカカオの花や、その生産者と思しき老年の男性の写真がかけられている店内は、ガラスのショーケースの中に、色とりどりのボンボンショコラが並んでおり、お客さんへの試食も行なっている。そして箱や袋に詰められ、丁寧に包装されたものを販売する。いたって普通。ただ、なにを思ったかパリではあまりない、カフェも併設するスタイル。


 たしかどこかに古書店と併設するカフェもあったが、それを真似たのだろうか。もしさらに真似るとしたら、そこはピアノも置いてあるとネットで話題になっていた。ショコラトリーにピアノを置かれてもねぇ、とジェイドは辟易する。


「私はワクワクしますけどね。いち早くトレンドを取り入れていますし、次に何がくるのか楽しみです」


「いいねー、夢があって。あたしは就職難を乗り越えることだけしか今は考えらんない」


 エディットはジェイドと違い、パティシエやショコラティエを目指してはいない。単純にショコラが好きだから応募したところ、受かってしまった。製造よりも接客のほうが向いているとのことで、ジェイドと被ることは多い。よきお姉さんのような位置は目指している。


「まぁ、いつかは作る方やりたいですけどね。でも製菓学校も出てないし。閉店後に少し練習させてもらってますけど、テンパリングですら奥が深いっていうか、終わりが見えないんですよね」


 いや、贅沢は言えない。こうやって関わらせていただいているだけで、ここの店長には感謝しきれない。普通なら、まだ関わることすらできない年齢と腕なのだ。それに、接客は接客で見えることもある。ショコラは手段で、目的は買ったお客様、受け取った人、それらまわりの人々が幸せになるように。もし、最初から作る方だったら、買ってくださった方の笑顔を知ることはできたのだろうか。


 ココアバターの安定した分子の再結晶化による、滑らかな口溶けと適度な硬さ。結晶化しすぎると粘りすぎる艶のないショコラとなり、結晶化が不足すれば固まらない。そのためのテンパリング。そのひとつ、水冷法。湯煎でショコラを溶かし、温度を下げ、また少し温度を上げる。


 ジェイドはもう、重さだけで温度までわかる。人間の口の中で溶ける『V型』三二度。何度も店で練習させてもらった。テンパリングマシーンは大量に作れるのだが、少量作るなら結局手作業が一番効率がいい。その練習は欠かさない。


「個人的な練習は閉店後にさせてもらってるとして、学校の勉強とかはいいの?」


 増えてきた客数の合間を縫って、エディットはジェイドに話しかける。喋るのが好き。だからこそ、あんまり忙しくないほうがいい。


「よくないですよ。でも、ショコラティエになれるなら、学校は辞めたっていいと思ってます。結局は学校は就職のために行っているところありますから。ま、長いこと雇ってもらえることが確定しているならですけど」


 資格はあくまで、就職に、独立に有利だから取ろうとしているだけ。もしチャンスがあるなら、全てを捨ててでも賭けてみたい。失敗したところで死にはしない。失敗しても、許されるならここで働き続けたい。

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