第2話

 元々、それは紀元前にとても貴重なものだったらしい。その後、一六世紀のアステカ帝国の皇帝は、一日に五〇杯も飲んでいたという。豆は通貨として使われ、そのすり潰してドロドロとした液体は、味や香りを個人の好みで加えて飲んだらしいが、その当時の人間が生きているわけもないので、本当かどうかは誰もわからない。


 一九世紀になると、それはそれ単体で板のように固めても、ドロドロに溶かしても美味しくいただけてしまうもので、主役にもなるし脇役にもなれる。その後、比較的安価になったそれは、世界中に派生し、進化し、二月になったら、とある人にプレゼントするイベントなんかにも使われるようになる。


 フランス、パリの七区には、パリで一番古いと言われるショコラ店がある。元々、ルイ一六世の王室薬剤師であった人物が、甥っ子とその後ひっそりと、パリ左岸のフォーブルサンジェルマンに開いたのが始まりらしい。美食家として有名なサヴァランですら絶賛しており、ナポレオンにはアーモンドショコラを献上したそう。朝食はコーヒーとショコラだけだったマリーアントワネットには、苦手な薬をショコラで包んで飲めるようにしたらしい。


 そのマリーアントワネットをモチーフにしたショコラは六種類あり、カカオの濃度や内容物で分けてある。紅茶まで入れた味もある。世界中からショコラのファンが集まり、ここのショーウィンドウで写真を撮る。豪華な装飾の箱に入ったショコラ。これをバックにパシャリ。


 なによりショコラは体にいい。ポリフェノールはお肌の老化防止や動脈硬化の予防、腸内環境改善、その他ダイエットにも効果があるときた。飾っておくだけでも絵になる。食べて美味しい。工場ではなく、職人が温度から材料から全て管理する。ツリートゥバーの、本物の店の前に自分は今、立っている。


「いつか私も、こんな風に歴史に残るような作品を、世に送り出せるのかね」


 フランス語ではない。オランダ語で少女は憧れを口にしながら、あっ、と感嘆した。そうだ、ここではフランス語だ。あまり使わないから、気を抜くと一番身近な言語が出てしまう。郷に入っては郷に従え。こういうところで働くなら、こっちを主にせねば。そして、戒める。


「いやいや。やるのは決まってるんだけど」


 今度はちゃんとフランス語。大丈夫、頭の中は切り替えた。由緒あるショコラ店。そのショウウインドウに展示された、ショコラのサンプルをじっと見つめる。豪華な箱に装丁された、パリを、いや、世界を代表するショコラが目の前にある。直射日光に当たるわけではないので、サンプルではなく本物のショコラ。ガラスを超えて、香りが届いてきそうだ。


「うーん、やっぱりいつ見ても芸術品だなぁ、そう思うだろう? おじさん」


 と、背後を通りすがった老人に同意を求める。


「またワシか!? なんなんじゃ一体!」


 と、ぶつくさ言いながら、足早に消えてしまった。


 驚いた表情で少女は、老人の過ぎ去った方向を見つめる。

 

「また? 変なの。なにって、私は世界一のショコラティエール。になるはず」

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