いにしえ語り

梓馬みやこ

1.梅雨の合間に

「セイメイ、君、小さい頃からあやかしの類が見えたんだって?」


 褐色の肌、白灰の髪の悪魔が聞いた。

 普段なら、接触もない観光滞在の神魔。

 けれど彼は気づくと近くにいて。

 けれど決して近づかない。いつもどこか涼し気な、それでいて優しそうな笑みをたたえている彼は、「悪魔」としてもどこか底知れない存在だった。


「あなたはアスタロト公爵ですよね、お話をするのは初めてですが」

「お互い戦線でしばしばみかけるね。ボクはただの傍観者だけど」


 にこりと微笑む。そんな彼が自分に話しかけてきたのはただの気まぐれだと、清明は気づいていた。


「君はボクの能力を知ってるんだろう?」

「唐突に、どうしたんですか」


 魔界の公爵に、そう尋ねる。それは自分たちにとってはなんでもない、ただの日常の会話の延長のようだった。

 答えないことには進まなそうだと、清明は先に応じることにする。


「時間見、のことですかね。その能力はこの国では誓約によって使えないことも知っていますが……」

「うん、普段はね」


 続ける。


「忍に召喚されたことがある。忍や司は見られることを嫌うから、何も見なかったけれどボクはその場にいない者でも辿って『視る』ことができるんだ」

「誰か見たんですか?」


 『悪魔の微笑み』。とはほど遠い気配を見せながらどこか楽しそうに、今度は彼がそれに答えた。


「世界というのはどこかしらですべてつながっているものだよ。全く事件性も何もない、ただの興味で見たそれを、君に聞かせてあげようと思ってね」


 そして彼は、その物語を語り始めた。



 * * *



「で、なんで怪談なんかしているわけ?」

「梅雨だからなー」

「日本の場合、怪談は夏じゃないのかい?」


 都内に存在する魔界大使の公館にて。

 いつもの訪問メンバーである秋葉、忍、司を前になぜか怪談を始めているダンタリオン。はっきり言って彼らの雰囲気は歓迎ムードではない。

 すっかり梅雨に入ったものの、今日は外は思いっきり夏日。清々しいくらいの青空と夏の雲に通りすがったアスタロトは疑問を呈している。


「今日は暑いしな。元はそういう趣旨なんだろ? 涼しくなろうっていう」

「オレ、仕事に来てるんだからやめてくれない?」

「右に同じく」

「用がないなら早く帰してください」


 秋葉と忍はあまりそういうのが好きではないので率直に嫌がっている。司は暇ではないので素直に帰りたがっている。


「趣旨はともかく君の話、怪談になってないんじゃ?」

「そうだな。涼しくなるなら洋風より和風の方が良さそうだ」

「やめて! 本気でやめて!」

「確かにデーモンより井戸から出てくる髪の長いアレとか髪が伸びるそれとか皿の枚数を数えるこれとか……」

「最後のはもうネタになってるだけだろ。一枚足りないの」


 昨今の西洋のホラーは派手なアクションが多いが、日本の怪談はじっとりとにじり寄って来るタイプが多い。

 それが逆に怖いのだろう。

 欧米の人間が見ると日本のホラーはどこが怖いのかという感じらしいが、空気に敏い日本人ならではの怖がり方だと、ちょっと感心するアスタロト。


 その時、ノックの音が響いた。


「!」


 無駄にびくっとなっている秋葉と忍。いや、忍の場合は、ぎくっという表現の方が正しいのか。怯えているようには見えない。


「ダンタリオン様、ヴィローシャナ神がお見えです」

「あ、悪い。忘れてた。今日、会談するんだった」

「忘れんなよ! そのヒト今来日してるインドの偉いカミサマ!」


 秋葉はそれほど神魔に詳しくないが、さすがに外交官としてVIPの来日は知っていたらしい。

 ダンタリオンは適当にくつろいで行けなどと言い残しながら無責任にコートを羽織って部屋を出ていった。


「……この放り出された感」

「もともと誰の同意も得ないで始めた怪談だ。打ち切りでも問題ない」

「怪談ねぇ……」


 アスタロトはそれを見送って、引かれていたカーテンの手前だけ少し開けてみる。

特に意味はない。が、いい天気だ。レースのカーテンが僅かに開口された窓からの風に揺れる。

 さすがに都内。異常に暑いので大使館はクーラー完備だが、特に忍が風がないことを嫌うため、大体換気用に開けてある。


 そして特に意味もなく。


 ジャッ!


 と音を大きく立ててアスタロトはカーテンを大きく開けた。いつもの音や気配のなさとは真逆の現象に驚いて三人が振り返る。

 その時にはアスタロトは悠然と窓を背にして桟に背をもたれていつものように、ポケットに両手を入れたまま、三人を見返していた。


「外、暑そうですね」

「今日は36度まで上がるらしいよ」

「……昼過ぎまでここにいたい」


 先ほどは早く解放しろと言わんばかりだったが、部屋の主がいなくなった途端にこの発言。

 司は小さくため息をついたので、彼にとってもやはりアスファルトに日差しが照り返す暑さというのは、容赦のないものなのだろう。


「じゃあボクが続けようか」

「え?」

「怪談」


 ……。


 間(ま)


「……怖そうだから遠慮しておきます」

「怖くないよ。部屋も明るくしたし」

「まんがJAPONむかし話みたいなやつで……!」

「じゃあこの国のむかし話をしてあげるよ」


 忍のとっさの一言は、まさかの返答を招いてしまった。アスタロトは主がいなくなってはじめて、ソファの正面に座ると、ゆっくりと彼ら三人を見渡した。

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