第65話 かのものは何かを夢見る

数日後


ダンジョン協会支部の会議室


「てなわけで、本日を以て日本ダンジョン協会はなくなります。ここでの独占業務は総務省に新設される『能力者と無能力者差別防止局』に全部移管されますので」

「「「……」」」


 政府関係者が生き残りのダンジョン協会所属のものを全部呼び出して終焉を告げた。


「特殊部隊員の方々は治安維持のため、自衛隊の治安維持部隊に所属していただきます」

 

 政府関係者の発言にどよめきが走る。

 

「自衛隊だと?」

「治安維持部隊は負け組の連中が行くようなところだろ……なんで俺が……」

「クッソ……」

「あそこは給料も低いし、俺より弱い連中が命令するんだろ。あんなむさくるしいところに行くものか!」


 あちらこちらから不平不満が湧き上がるのをみて、政府関係者の男は咳払いをした。


「えっへん!」


 そしたら、みんなが彼を注目する。


「じゃ、やめていただいて結構です。あなた方は血の女王の足元にも及ばない無能どもですから」


 政府関係者の言葉にダンジョン協会所属の探索者はキレる


「調子に乗んなよ!」

「俺たちは強いんだああ!!」

「無能力者風情が!」


 興奮した彼らは今にも政府関係者の男を攻撃してしまいそうだ。

 

 だが、鶴の一声のように、ある男の声が響き渡る。


「やめろ!病院にいる荒波くんを除けば精鋭部隊の人はみんな死んだ。お前たちはこの期に及んでも、まだお前らの権利を主張するつもりか!」

「……」

「死んでないだけマシだと思え!!」


 渡辺である。


 彼はとても悔しそうに握り拳を握っていた。


 政府関係者は渡辺を見て軽く頭を下げる。


 政府関係者の説明が終わり、各々会議室を出てゆく。


「お前、治安維持部隊に入るの?」

「いや、入るわけねーだろ。俺もnowtubeデビューするかな?」

「アリかもな。いい依頼も独占できないようになるし、あまり政府の機関で働くのはメリットないんだよね」


 みたいな声を聞きながら渡辺は深々とため息をついた。


 現に自分のそばに部下はいない。


 自分を慕ってくれた4人の部下は、全員仕事を辞めた。

  

 ここを辞めたら出世は難しくなるぞと言い彼ら彼女らを止めたけど、無意味だった。


 自分が若者だった頃は、体を壊すことがあってもここを辞めるのは考えられなかった。


 どんな理不尽なことがあっても、自分が所属している組織に忠誠を果たし、自分は道具でいいと自己催眠をかけて今までやってこれた。


 だけど、最近の若者は違った。


 霧島といい、部下たちといい、すぐに仕事を辞める。


 表面上はこんな若者たちを根性なしだと思っていたが、それは自分が惨めになるからそれを隠すために批判する対象を探していただけだ。


 つまりハッタリだ。


 渡辺はスマホでニュースを見る。


『首相、差別は絶対あってはならぬと熱弁』

『血の女王はこの国を救ったと若者たちは絶賛』

『世論調査、血の女王とでんこ様のおかげで世の中はもっと良くなった9割』

『無能力者の人権にスポットライト。「幸せすぎる」との声』

『私立名門育成高校、全部国立に』

『ダンジョン専門家「依頼独占問題解決で貧富格差なくなる」』


 みたいな見出しで溢れかえっている。


「はあ……」


 渡辺はため息混じりに空を見上げる。


 もし、問題があれば、それは上司し相談し、その上司はまた上に報告する。


 そして、その問題が大したものでないと判断されたら上からダメ出しを喰らう。


 つまり物事には順序があり、ルールがあるのだ。


 自分は今までそれを破ったことがない。

 

 長年ここで生き残れたのも、自分のこういうところを上の人が高く買っていたからだ。


 だが、


 その上の人は殺された。


『でもさ、優しい奴は利用されるだけだよ。ダンジョン協会の偉い人にとってお前は逆らわない都合のいい忠犬。あなたみたいなのがいるから、無能な上の奴が調子に乗るんだよ』


 血の女王から言われた言葉がいまだに頭の中でこだまする。


「……いやだ」


 渡辺は目を瞑って考えるのやめようとする。


 数十年間、自分が努力してきたのが水の泡になってしまいそうだから。


 自分がなんの意味もない空い存在になるのではないかという気持ちは消えてくれない。


 だから知らないふりをするのだ。


 現実を知ったとしても、あえてそこに視線を向けずそっと蓋をするのだ。


 だが、水槽の水にインクを落としたら広がるように、考えはまた新たな考えをを産む。


 自分がやってきたことは、実はこの国が滅びることにつながる。


 自分は言われることをすることしか能がない。


 保身ばかり考えて、変化を求めて行動する者のことを好ましく思ない。


 なぜなのか。


 答えは簡単だ。


 自分はそれができないから。


 この中年おっさんにはできないんだ。


 すでに上の人には逆らってはならないことを遺伝子レベルで組み込まれたのだ。

 

 だから嫉妬した。


 息子みたいな祐介という子に自分は嫉妬をしたのだ。


 ただ卑屈に最低に陰湿にダンジョン協会がくれる落ちこぼれをいただいて、家族を養ってきた。


「……ちくしょ」


 彼は怒りを募らせるように握り拳を強く握る。


 だけど、やがて悟った顔をする。


「認めるのはすっげ悔しいけど、心はスッキリするものだな」


 吹っ切れた顔の渡辺は、申し訳なさそうな顔でスマホをいじる。


 誰かに電話をかけているようだ。


『渡辺さん……』

「祐介くん……出てくれたのか」


 そう。


 彼は祐介に電話をかけたのだ。


『なんですか?』

「あ、あのさ……」

『ん?』


 渡辺は随分と言いたくなさそうな顔だが、絞り出すように言葉を吐く。


「俺が間違っていたんだ!!君が正しい!!血の女王も正しい!!だからすまなかった!!」

『え?何を言ってんですか?いきなり……』

「そのままの意味だ。もうダンジョン協会は解散した。みんな差別をなくすために必死だ。俺のやり方だと1000年経ってもできないんだろうよ」

『……』

「君たちからはいろんなことを学んだ」

『……解散したら、渡辺さんはどこで働くんですか?』

「……自衛隊の治安部隊で働くのを考えている。まだ決まったわけじゃないが」

『まだ決まってないか……そしたら、俺のnowtube動画に出演してみませんか?』

「え?nowtube動画?」

『はい。なんか視聴者から渡辺さんのことを言ってたら、盛り上がってですね。あ、もちろん名前は出してないんで。それでどうですか?特殊部隊の中でもいい人はいるんだなってみんな関心しているんで』


 彼の提案に渡辺は目を丸くする。


 祐介は今やチャンネル登録者数3000万を超える大スターだ。


 仮に自分が彼の動画に出たら、いろんなことを聞いてくるに違いない。


 きっとダンジョン協会のことも聞いてくるんだろう。


 彼の視聴者はダンジョン協会や既得権益が大嫌いだ。


 つまり、自分が生き残るためならダンジョン協会のことを悪く言う必要がある。


 だけど、そんなの自分にはできない。


 自分が所属していたところを悪くいうなんて、言語道断。


 それは礼儀に反する。


 礼儀。


『でもさ、優しい奴は利用されるだけだよ。ダンジョン協会の偉い人にとってお前は逆らわない都合のいい忠犬。あなたみたいなのがいるから、無能な上の奴が調子に乗るんだよ』


 待て。


 自分を忠犬扱いしている連中に示す礼儀なんてあるのだろうか。


 自分はこのままだと、自衛隊の治安維持部隊に配属される。


 給料だってここの3分の1程度で、威張ってくる連中も多いと聞く。


 給料が大幅に減ったのでは家族を養うことだってままならない。


 だとしたら、


 奴らが自分を利用したように、自分だって奴らを利用しまくればいい。


 それが一番の近道だ。


 彼はほくそ笑んだ。


「ああ。わかったよ。君の視聴者が面白がる話をいっぱい聞かせてやろう」

『お、おお……乗ってくれるんですね!』

「ああ」

『じゃ、詳細はアインで送るので』


 通話が終わった。

 

 渡辺は歩き出す。


 彼の心はだんだん熱くなってゆく。


 そんな彼の目に留まったのは、コンビニだ。


「いらっしゃいませ!」

「チャスターマイルド」

「え?」

「チャスターマイルド。わかるだろ?」

「……」


 渡辺が口にした言葉が理解できないらしく女性店員は小首を傾げるが、やがて渡辺を睨んで低い声で言う。


「番号で言ってもらえませんか?」

「……」


 タバコとライターを買った彼は、早速一本抜いてそれに火をつける。


 そしてそれに口を含んで


「ぶあああああ!!!妻が妊娠してからずっとタバコは吸わなかったけどな。16年ぶりか」

 

 在りし日に想いを馳せるように目をうるっとさせて、実に美味しそうにタバコを吸う渡辺。


 そしたら、何か思いついたのか、彼は目をカッと見開く。


「中年おっさん、Aランクのダンジョンで無双……これ、いけるかも」


 渡辺さんはドヤ顔を浮かべてnowtuberを夢見る。






追記


渡辺さん変わっちゃった(*´ω`*)


 




 

 

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