第64話 蘭子は泣く

 長い金髪、20代半ばにしか見えない外見、整った顔、鮮烈な赤い瞳。


 紺色の引っ付いたズボンは彼女の長い美脚の魅力を際立て、白いシャツの胸のところを押し上げる巨乳は早苗さんに匹敵するほどその存在感をアピールする。


 一瞬俺は彼女のことを警戒した。


 血の匂いがしたからだ。


 けれど、彼女の瞳には敵意はなく、むしろ俺の背中をむずむずさせる謎の気持ちを孕んでいるようだ。


 ていうか5Pってなんだよ。


 俺、友梨姉、奈々、早苗さん、理恵……


 てか理恵は実妹だろ。


 恐ろしいことを言いやがる。


「何言ってんすか」


 と、俺が若干軽蔑の意を込めて蘭子さんを見つめていると、彼女は俺の隣にやってきた。

 

 てか、しれっと腕ぶつけるなよ。


「強い雄が複数メスと交わるのは自然の摂理でしょ?」

「それは知能を持たない動物に限った話です」

「ふふ、人間も権力の前ではIQゼロ以下の獣なんだけどね」

「はあ?」

 

 俺が何言ってんだこいつみたいな視線を向けたら、蘭子さんは果てしなく広がる街の風景を眺めながら言う。


「世の中には強くもない連中が権力というなんの実態もないものを振り飾って、セクハラをしたり、寝取ったり、相手のメンタルを壊したりするんだ。そんな下等生物のDNAなんか広まっても、なんの役にも立たない。だから、そんな奴らは全部殺すの。祐介のハーレムには正当性があるのよ」

「いや、何とんでもないことを理詰めで話してるんですか……」

「ふふ、でも私の言いたいこと、わかるよね?」

「……まあ」


 彼女が言いたいこと。


 それは……


「そうですね。そんな碌でなしな権力者を皆殺しにすることで、社会をより良い方向に持っていく」

「祐介は理解が早くて助かる」

「でもですね……一つ気になることがあるんですよ」

「ん?なに?」


 蘭子さんはキョトンと可愛く小首を傾げる。


 血の女王が可愛く首捻ってんじゃねーよ。


 ギャップが凄すぎる。


 一般人や生き残りの権力者が見たらゾッとする案件であること請け合い。

 

 俺は気になることを口にする。


「別に、ダメな権力者を殺すのはどうでも良いんですけど、大事なのはその後のことです。前よりダメな連中が現れて権力を握ったら、この国はもっとやばくなるんじゃないんですか?」


 俺が心配そうに問うと、蘭子さんは得意げな顔をして俺の肩に手をそっと乗せた。


「あまい」

「ん?」

「私の行動原理はそんな単純な疑問で潰れたりはしない」

「……」

「もちろん、祐介の言う通りになる可能性もあるわ。でもさ、そんな連中が現れたら、また殺せば済む話よ」

「おお……」


 答えがシンプルすぎる。


 俺が浮かべている戦慄の表情を見て蘭子さんは無邪気な子供のように笑った。

 

 けれど、瞬時に暗殺者のような鋭い目つきで俺を見つめる。


「ねえ、権力者っていうのはさ、失うものが多すぎるのよ。財産、名誉、学歴……そしてね……」


 一旦切って蘭子さんは息を整える。


 それからサイコパスのように口角を吊り上げていう。


「そいつらの

「っ!!」


 鳥肌が立ってしまった。


「いや……いくらなんでもそれは」

「だったら、無能力者が最強Sランクの探索者と比べ物にならないほど強いという矛盾したこの世界において権力を正しく使えばいい。それができなければ、権力を捨てればいい。そしたら、その権力者は大切な存在を守ることができる」

「……」

「でもね、奴らは欲張りだから絶対諦めない。光に集まる蛾のような存在よ。だから、炎でそいつらを燃やさないとね」

「……」

「そしたら、生き残りのやつらは恐怖を感じて、差別されないパラダイスを作ることになる」

「……国民や人のために頑張るんじゃなくて、自分の大切なものがなくなるかもしれないという恐怖が動く理由」

「それよ。記者会見見たでしょ?あれより立派な証拠はないわ」

「……」


 俺は反論ができなかった。


 権力者が腐敗したら、その人たちを排除する。


 そして新たな権力者が現れて恐怖に怯えながら権力を正しく使う。


 やがてその人が既得権益を作ったらまた排除する。


 それの繰り返し。


 結果的に恵まれてない俺みたいなやつが恩恵を受けることになる。

 

 社会はよりいい方向へ向かう。


 これまでは蘭子さんのような必要悪がなかったため、この国は差別で満ち溢れていた。


 スキルが使えても、コネがなかったり、いい学校を出ないと貧乏な生活を受ける羽目になる。


 中卒は探索者にもなれないんだ。


 だから俺は理恵をいい学校に行かせようと必死に頑張ってきた。


 権力者が作ったルールに囚われて、俺はなんの疑問を感じることなく生きてきた。


 蘭子さんは、最初からそんな理不尽なルール自体を潰そうとしていた。


 結果、ルールは変わりつつある。


 完璧な論理だ。


 しかし、

 

 この論理は蘭子さんが正しい価値観を持っていること前提で成り立っているんだ。


 もし、蘭子さんが間違った道を歩んでしまったら……


「蘭子さん」

「なに?また何か言ってくるつもり?どんとこいよ。祐介のものなら全部受け止めてあげるから」

「いいえ。もう十分です。ただ……」

「ん?」


 蘭子さんは透き通った赤い瞳で俺を捉え、続きを促した。


「必要悪として正義を貫き通すのはとても大変だと思います。俺は蘭子さんのことが心配だ」

「ふえ!?」


 俺の言葉を聞いた途端、蘭子さんは腰が抜けたのか、そのまま尻餅をついた。


 M時開脚の姿勢を取る蘭子さん。

 

 血の女王らしからぬ反応だ。

 

「蘭子さん?」

「ふふ、祐介。私を立たせてくれる?」

「は、はい。もちろん」


 俺は座り込んでお腹をさすっている蘭子さんの手を握った。


 その瞬間、


「っ!」


 蘭子さんが俺の手を強く引っ張った。


 俺は蘭子さんに覆いかぶさるように倒れる。


 蘭子さんは自分の両腕を使って俺の背中を回す。


「蘭子さん!?なにを……」

「私は、あなたがいるから悪魔にならずに済んだの。私より圧倒的に強くて、それでいて私の心を満たしてくれた優しい男がいるから……」

「……」

「だからね、ずっと私を支配して」

「支配って……」

「それこそが、私が理性を保つことのできる唯一の方法よ」

「……」

「私は、あなたのものだわ。もう兄貴のことを蒸し返したくない。私は私が最高に幸せになれる人生を歩むから」


 蘭子さんの鮮烈な赤い瞳に嘘偽りはない。


 彼女は俺より年上だが、一段と成長をしていくのが見てすぐわかる。


 俺は彼女に関心した。


 そしたら彼女は小悪魔っぽく細い自分の膝で俺の股間をわざとらしく当ててくる。


「お、おい!蘭子さん!」

「ふふ、返事は?」


 俺は一瞬の迷いもなく、答える。


「蘭子さんは俺の家族だ。だから、守ってあげますよ。ずっと」

「っ!!!!」


 蘭子さんは感動したように目を潤ませる。


「祐介……」

「……」


 冷血無慈悲の権化と言われるこの美人お姉さんが、こんな純粋な泣き顔を晒すなんて……


「6Pか……でも、祐介なら問題ない」

「いや、泣きながら言うセリフですか!?てか実妹は抜いてよ!」



 

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