今日も散歩日和

ソイラテチーズケーキ

第1話 散歩

アラームが鳴る。


朝の5時。


頭と、そして体が目覚める。


「あー!」


布団に横になったまま全身で伸びをする。

掛け布団を折りたたむと立ち上がる。


もう毎日の事なので、自然に体が動く。


面倒な事でも毎日の習慣にしてしまえば継続する事が出来る、と何かで読んだけれど、本当にその通りだと思う。


着替えて、顔を洗い歯を磨く。


リビングの隅に置かれた、ステンレス製の深みのある皿に入っていた水を捨てると、新しい水を注ぐ。


本来なら口をつける部分に、シリコン製の蓋とシリコン製の大きなヘラのような注ぎ口のついた、水が満タンに入ったペットボトルを左手にスタンバイする。


左手の手首には小さなトートバッグも引っ掛けてある。


中には水色のビニール袋が5〜6枚入れてある。


そして、玄関の扉のフックに掛けておいた、紺色のリードを外すと、背後で荒い息をたてて喜んでいる柴犬の首輪にリードを繋いだ。


そう、単純に、犬と暮らすようになったから、僕は毎日、朝5時と夕方の18時に犬を連れて散歩へ出るようになったんだ。



祖母が4月に亡くなった。


祖母が一緒に暮らしていた柴犬が一匹遺された。


身内には世話を出来る人が他に居なくて、30代で結婚もせずに独身貴族を謳歌している僕が引き取ることになった。


柴犬の名前はレモン。


全体は茶色の毛で、胸と足は白い毛で覆われている。


もう11歳なので、人間だったらおじいちゃんらしい。


でも健康体で元気いっぱいだ。


僕はそれまで住んでいた部屋を引き払って、ペット可のワンルームのアパートへ引っ越した。


感情は追いついてなかったけれど、生き物の事なので、急ぎでとりあえず環境だけは整えるしかなかった。


僕の引越しが終わるまでは、地元のボランティアグループの人が、祖母の住んでいた家へ毎日通って、犬の散歩と世話をして、ついでに簡単に掃除もしてくれてありがたかった。



僕はそれまで生き物を飼った事はなかったけれど、祖母の家へ遊びに行った時に、祖母のかわりに犬の散歩へ行ったりはした。いろいろと祖母が世話をする様子も見ていたから、犬を飼うことくらいなんとかなるだろう、そう思っていた。


だけど、たまに世話をするのとは違って、毎日休まずに散歩をして、世話をして、責任を持って健康管理をする事は、生半可なことではないと痛感した。


祖母の生前、レモンは完全に家の中で飼われていた。家の中にレモンのトイレは無く、どんな天候でも散歩の時に外でトイレを済ませていた。


そんなわけで、僕は雨の日も風の日も台風の日も、毎日散歩へ出掛ける事になったわけだ。



引越しした先のアパートの近くには、大きな公園があった。


子供用の遊具があるエリアも2箇所ほどあるけれど、あとはクローバーが生えるだけのただっ広い広場があって、そこの円周をぐるりと歩道が巡らせてある。


ただただ広い空と緑があるだけの空間に身を置いて、群生するクローバーにクンクンと鼻を突っ込んで歩き回るレモンの動きに合わせて、ゆっくり歩く。


僕はその時間が少し好きになりつつあった。


早朝の空気は、夏でも冷んやりしていて心地いい。


運動靴で踏み締めるクローバーには、朝露が降りていて、僕のズボンの裾とレモンの足を濡らす。


レモンが落ち着かなくクルクル動き回っていたと思ったら、健康な朝のお勤めをする。


僕はトートバッグから水色のビニール袋を1枚取り出して、後始末をする。


ネットで買ったビニール袋は、本当に口を縛ると臭いを遮断してくれる。


これまたネットで買ったシリコン製のヘラ状の口がついたペットボトルから、水を撒いて汚してしまった道路を清める。


40分程公園を歩き回ったら家へ帰った。


レモンは水の入った皿へ突進して水を飲む。


本来は散歩に持参しているヘラ付きのペットボトルのヘラの部分に水を少し出して、ペットに水を飲ませる事も出来るのだけれど、レモンは散歩中には水を飲まない。


ペットフードを入れる皿を簡単に洗って、ペーパータオルで拭き、シニア用のペットフードを入れる。


僕は着ていた服も下着も全部脱いで、洗濯機へ放り込むと、洗濯機を回してシャワーを浴びる。


軽い散歩だけれど、けっこう汗をかくのだ。


さっぱりしてエアコンの効いた部屋へ戻ると、ご飯を食べ終わったレモンが足元へ擦り寄ってくる。


「レモン、お座り。」


レモンは賢そうな顔でお座りする。


僕は犬用の歯磨きガムを一本、レモンの前に置いてやる。


レモンは伏せの状態になると、両前足で上手に歯磨きガムを挟んで、ガジガジと噛み出した。


茶色の三角の耳が小刻みに揺れる様子をしばらく眺める。


それから僕は自分の朝食の準備をする為にキッチンへ向かった。









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