三つ子だけれど双子と一人だ

遠江 葉織

君らは"双子"じゃないんだ

「よーく聞きなさい、フウ。お前には三つ子のきょうだいがいる。」

ボクの平穏が崩れたのは、父様のこの一言からだった-



ボクの名前はフウ。エトワーレ共和国のある特殊な一家の、一人娘。

-な、はずだった。

12歳になって、小等学校を卒業し、国際中等舎教育科に入る(と思っていた)時に、いきなりのお前は三つ子だ宣言である。

ボクの口から出た言葉は、

『は??』

である。

「すまない…急な話だとはわかっている。しかし、落ち着いて聞いてくれ。」

なんかついさっきも似た趣旨のこと言われたよな。父様も緊張しているのだろう。

「まず、我々の一家は、代々子供は兄弟ができた場合、ある一定の年齢になるまではそれぞれ乳母の所に預けて育てることになっている。」

いやなんでだよ。なんでそんな面倒くさいしきたりを作ってしまったのだ父様よ。

「し、仕方がないであろう。我が家は奇獣の言葉がわかる唯一と言っても過言ではない特殊な一家なのだ。」

あら、声に出ていたかしら。カラーゴーストやフェニックスの声は自分にしか聞こえていないようだと思っていたけれど。

そういうことがあったのね。


ここで一度言っておこう。

この世界には奇獣が存在する。

そして、人と奇獣は共存関係にある。

野生のもの、人に懐いているものなど街中で、野山で、海で空でみかけないことなどほぼ無いに等しい。

青空を飛び回るフェニックス。

星を吐く海星のマリンスター(命名した学者のセンスを疑う)。

羊のツノを持つゴートドラゴン。

その他色々。

奇獣たちは言葉を話さない。きゅい、ぴー、がぅ、など鳴き声で話す……らしい。

ボクは生まれつき奇獣の声が聞こえる不思議な体質だった。

だから、普通の人なら聞こえるであろう、ぎゃーやらばうやらの鳴き声が聞こえたことはない。

なのでよく周りの子たちがやっている、鳴き声当てクイズなんかは全く正解できなくて、いつも側から見ているだけだった記憶がある。

話を戻すが、言ってしまえば奇獣もカラスやシカやイヌネコとあまり大差ないような存在である。

一つ違うところがあるとすれば、彼らによって、人は奇獣闘技という娯楽を手に入れたというところだろうか。

彼らは獣というだけあって戦闘を好むので、(勿論個体差はあるが)今やモンスターバトルは、各地方に設置が義務付けられたリトルスタジアムで戦闘が行われている。

大きな大会なども作られる程だ。

戦闘といっても一種の試合のような者なので、安全面は十分に考慮されている。

リトルスタジアムのバトラーは大勢の子供たちの憧れの職業だ。ただ未だ未知の世界にいるモンスターなので博士職も同じくらい人気なのだとか(ただこちらはかなり頭が良くないとなれない。今エトワーレ共和国で一番難しい資格獲得試験は気象予報士と並んでモンスター博士らしい)。

ちなみに、ショート、ライン、ロード、リーダー、マスターというふうにスタジアマー(この呼称が流布している)にも段階があり、マスターになれるのはほんの一握りで、才能も絡んでくる領域らしい。

これはボク個人の感想だがスタジアマーの称号名を考えた奴のネーミングセンスを疑う(誰か共感してくれないかなぁ)。

おっと、話が脱線してしまった。

ボクは特殊な家系だから奇獣の言葉がわかっていたのだ。成程。よし。自己完結。

幼い頃の疑問にけりをつけ、父様の話に意識を戻す。      

「お前は…いや、お前たちは三つ子で生まれた。そして、それぞれを別の乳母に預けた。ここで、二つの誤算が生じてしまった。」

「ごさん」

「そう、誤算だ。」

ポカンと間抜けな顔をしたボクをうまぁーくスルーして父様は話だす。

「一つ目は、お前を預けた乳母がクソだったということだ。」

「はっきりいうねぇ。」

でもあれはもう、父様の人選ミス…もとい、見る目のなさのせいに他ならない。


ボクが預けられた乳母-リアンさんと言うらしい-は猫ッ被りだった。

父様がまあまあ金持ちだったのもあって、内容もよく見ずに、取り入ろうとして応募したのがボクの-正確にはボクらの、か-乳母だったらしい。


簡単に言えば金狙いのクソアマだったのである。

持ち前の猫の皮で面接を掻い潜り、ボクの乳母になった。

しかし、5歳になるとボクはスラム街に蹴り飛ばされた。

絶対にバレないように。

そこからいく年経ったか。

スラム時代は生きるためならなんだってした。

一人称もボクにした。女とバレたら舐められるから男の子のフリをしたし力もつけた(やってみたら案外気に入ったしこっちの方が自分らしくいられたので一人称は未だ『ボク』のままだ)。

その辺の強盗のナイフをぱくった。

死んで1日くらいの馬の肉だって干して食べた。

野生の奇獣だって来たくなかったと思う。実際スラムにいた5年間は奇獣なんか見たこともなかった。


10になった時に奇跡的に発見され、そこから2年でボクは一般の子になんとか追いついた。

元々知恵がないわけではないのだ。

スラムにやってきた役所の者から本だって盗ってたから文字も読めたし計算もできた。


-あまり綺麗なやり方とは言えないけれど。

損だけではなかったというのが不幸中の幸い?かな。

リアンさんはボクが見つかった9ヶ月前に捕まっていたらしい。自業自得だ。


「うん、それはわかってる。で?もう一つの誤算って?」

「それはな…ユウとコウ…あ、フウのきょうだいで、ユウが兄、コウが弟じゃよ。まあ、どちらもフウの弟だがな。…この二人を預けた乳母同士が仲が良く、ユウとコウは自分たちが兄弟だと気付いてしまったと言うことじゃ。」

「そうしたら何かいけないの?」

「ああ。よくその乳母二人が会うので、ユウとコウは自分たちが兄弟だと気づいてしまったらしい。」

…話が見えない。別にいいことじゃあないか。

「…いいか、ここからまた複雑な我が家の能力による話になってくる。」

-父様曰く、ボクら一家は兄弟縁者、それも兄弟への依存が強いという特性を持っているらしい。

なんだそりゃ。父様は奇獣と意思疎通ができる(あ、奇獣は人の言葉を理解することはできるらしい。実際、ボクは奇獣と話ができた。まあ、他の子がどうかはわからないけど)ようになったことと関係があるかもしれないと言う。でも言われてみれば父様や母様、叔父様にお祖父様も仲がいい。特に父様と叔母様(この二人は実の姉弟だ)は仲がいいというより確かに依存と言った方がしっくりくる…気がする。今言われてみれば。

父様と叔母様はお祖父様のミスで赤子の頃から一緒に育ったそうだが、幼少期は少し離れただけでこの世の終わりかというほど泣き喚いたらしい。

「大人になってましになったとはいえ、未だ姉さんがいないと少し不安になる。」

それであんなにべったりなのか。

父様たちには申し訳ないけど、麻薬みたいだなと思った。

「成程。だからお互いに依存しすぎないように隔離して、ある程度大きくなってから会わせると。」

だがしかし、出会ってしまったのだ、ボクのきょうだいたちは。

「幸い、ユウとコウが出会ったのは5、6歳くらいのことらしいからわしらほどは酷くないだろうが…それでもやはり、のう。」

多少の依存は免れないのだという。

「今はまだ周りより少し仲のいい兄弟だか、いずれはどうなることやら…と、これではただの愚痴だな。で、ここからが本題だ。」

「まだ本題じゃなかったの。」

今までの長いボクの身の上話はなんだったんだ。

よくわからないけどいらっときて、ヘンな顔で睨みつけてやる。

父様はものともせずに話を続ける。くそ。なんか悔しい。

「ああ…そのー、本来ならお前の今の年齢だと、兄弟たちに会うはずなんだが。」

ああ、そういうことか。ならばここからの父様の言葉は予測できる。そして、答えも出せる。

「フウ。お前は、コウとユウと」

「会わないよ。」

「え?」

「まだ会うって話付いてるわけじゃないんでしょう?聞いてくるってことは。父様決定事項を言う時にはどうするかなんて聞かないし。ボクは、会わないよ。会えない。今更なんて入れない。」

どこに、とは言わなかった。言ったら、自分が臆病者だと認めたようで癪だから。

それに、今ならまだ混ざれるかもしれないから。僅かな希望を持っていても、許される気がするから。

我ながら都合が良すぎる解釈に笑ってしまう。

「そうか…ただ、中等舎は闘技科に入ってもらうぞ。これは決定だ。」

「え?なんで?」

決定。ルール。絶対。馴染みのない言葉だ。

スラム時代はルールも何もあった物じゃなかったし、この家に来てからも、同情かなんだか知らないが、あまり制限というものをくらったことがなかった。

まあ、父様に関しては恐ろしくフラットなだけだったんだろうが。

「いや、こういう能力があると、教育科では不便であろうし、お前はまだ闘技の経験もないだろう。なにより、ずっと前からこうだからなぁ…」

…意外と、キツそうだな、あ。

周りの人たちはみんな教育科に行くって言っていたし。

「父様いつもそんなこと言わないじゃない。どうして、今回に限って」

「わしだってこういうのは好きじゃない。けども、母上様のこともあるし…」

うちのお祖母様は、今までの規律ややり方、伝統を重んじる人間だ。実の母ということもあって、父様も反抗し辛いんだろう。

「…わかった、闘技科に行く。」

「そうか、ありがとう。」

「ユウ君とコウ君は別だよね?」

「そうだな。二人は、闘技の専門校に通うらしい。」

よかった。最後の懸念も晴れた。

「あ、お前も専門校の方がよかったか?」 

「いやそれはいい!ボクは他の子より遅れてるから普通の授業も受けた方がいいだろうし。」

それに校内で鉢合わせなんて状態じゃない。

「いや、お前は十分に…まあ、いい。ではその方針でいくからの。」

そう言って父様は自分の部屋へ歩いて行った。


そうか、ボクにはきょうだいがいたのか。しかも、三つ子だった。一卵性なのかな。聞くの忘れた。もしそうだったら、どんなのだろう。おんなじ顔が、3つ。すっごい変な気分になりそう。

そんなことを考えながら、ぶらぶらと庭をほっつき歩く。

(大丈夫?)

ん、この声は-

「カラーゴースト。」

カラーゴーストは色の中から出現できる幽霊のようなものだ。通過できる色は生まれつき決まっているらしい。

この子は緑だけ通れる。

(なんか、黒っぽい顔してた。)

カラーゴーストはよく、ものの表現や比喩に色を使う。これは、奇獣と話せるボクだけ-正確にはボクらだけになるのか?が知っていること。

黒っぽい顔、とは、落ち込んでいる、思い詰めているということか?

「-なら、あながち間違いでもないかもな。」

(どうかしたの?)

「いや、なんでもないよ。それより、何かして遊ぼう。」

(ほんと?!じゃあ、かくれんぼ!)

この歳(とは言ってもまだまだ子供だが)になってかくれんぼか、という気はしたけれど、まあ、気晴らしには悪くないかもしれない。カラーゴーストは隠れるのが上手いし。

じゃんけんでボクが鬼になった。

10まで数えて探しに行く。

カラーゴーストと一緒に、この変な気分も隠れてくれないかなぁと思いながら、周りの緑に溶け込んだ友達を探し始めた。



-♦︎♢♦︎-


花が舞っている。三月半ば。ボクもそろそろ卒業だ。

闘技科に入ったのは正解だったと思う。

というのも、奇獣闘技が思いの外楽しかったのだ。-いや、愉しかった、の方が適切かもしれない。

他の人や教員から見るに、ボクは闘技に陶酔しているのだという。

ボク自身、闘技の間は我を忘れて愉悦に浸っていられる。

「フウの闘技中の顔ってさぁ、笑顔って言うよりキチ顔なんだよなぁ。他の時は完璧なポーカーフェイスと優秀な成績を保っているのに。玉に瑕とはこのことだね。」

きししっ、とやんちゃな餓鬼のような笑い声をあげてカイルが言う。

「心外だ…と言いたいところだけど、ボクにも自覚があるからなぁ…てかいきなりなんだよ。」

カイルは、たまたま席が隣だった。

ただそれだけなのに、入学初日からボクに話しかけてきた。

正直言ってびっくりした。

変に誰かと馴れ合うのも、その為に努力することも面倒で、初っ端から一人称はボクだったし、教員との対応以外は愛想よくなんてしなかった。

それなのに、カイルは話しかけてくる。

本人曰く、面白そうな奴だから、だそうだ。

ここは試合の腕前でクラスが別れるらしく、ボクとカイルはこの一番上のクラスで初めて会った。はじめはカイルの方が上手かったけれど2、3回もすればボクの方が圧倒的に上手くなって、席も離れてしまった。

それでもカイルは話しかけてくる。

思うところはないのだろうか。まあ聞かないけれど。

今では唯一の話し相手だ。

よくわからないけど、この三年間でコイツがイレギュラーだということは身にしみた。

ずっとボクがカイルのいう『キチ顔』をしているなら、尚更離れた方がいいだろうにと思っているのだが…。本当に読めない奴だ。

でも、根気強く話かけてくれるのは割と嬉しかった。ちょっと悔しいけど、でも嬉しかった。なんせ初めてできた生身の話し相手だ。闘技の話もチラチラできる。

「そういや、フウってどこに就きたいとかあるの?」

「んー、ボクは、イルジュスタジアムのマスターかなぁ…?」

「え?!あのイルジュスタジアム?!」

…少々驚きすぎな気もするが、わからなくもない。何せ、このセイシュノード地方一帯で一番でかいスタジアムで、スタジアマー全員がバカ強いと評判で、セイシュノードが、修羅の闘場とまで言われるようになった元凶なのだから。

特にマスターは、奇天烈戦法を用いる負け知らずだという。

そんなスタジアムマスターに憧れない奴がいるだろうか…と思っているのだが、周りの人たちは、レベルが高過ぎて無理だと諦めてしまっているらしい。

「そんなところ、燃えないわけないじゃないか!!!」

「おわ、びっくりした。」

何考えてたんだか知らんがそのいきなり叫ぶのやめろよな、と軽く諫めるカイルの声も耳に入らない。

あのマスターに勝ちたい。勝つまでには、ぞくぞくする試合が何度できるだろう。もう、この場所で、ボクが負ける相手はいない。教員も全員網羅した。はじめは負けっぱなしだったけれど、むしろその方がよかったのかもしれない。今は、何か足りない、負け足りない。

でも、彼らと勝負するには、ある程度のものがないと無理だ。だから、卒業したら、すぐにスタジアムに行く。でもその前に-

「カイル」

「ん?なんだ、フウ。」

「卒業前に、一回本気の試合、しような。」

「…おうよ!」

ボクも、こんなこと言えるようになったんだなあ。

-でも、ここまで言えても、ボクはどこかてカイルを警戒している。

それが、スラム時代に染みついた癖なのか、それともボクの境遇を話せていない、本当のことを知らない人だというのがネックになっているのだろうか。

どちらにせよ、信じられていないことに変わりはない。



けれど、卒業前にカイルと試合をすることは終ぞなかった。


-ボクの噂を聞きつけたイルジュスタジアムから、試合の誘いが来てしまったからである。


-♦︎♢♦︎-


イルジュスタジアムの試合は卒業式の4日前に行われることになっていた。

卒業式なんかはぶっちゃけどうでもいい。

(けど…)

カイルとの試合は、100%、できない。

カイルにこのことを話すと、謝るな、行ってこいと言われた。

-震え声で。

申し訳ないことをしたと思っている。この一人称や性格と相まって遠巻きにされていたボボクと話したせいで、カイルまで浮いてしまったのだから。

そのせいで、カイルは卒業記念の試合をするような友人もいない。

スタジアムはボクの家からは割と遠いところにある。早めに終わったとしても、帰れるのは式の一日後だろう。

でも、ボクはスタジアムでの試合をとった。

これで、周りとの関係は、ほぼ完全に断たれた。

「…なんでもないよ、カラーゴースト。」

奇獣は人の心境に影響を受けやすい。

もうこのことを考えることはやめた。



-♦︎♢♦︎-


「-ふぅ、いや、完敗だよ」

「っんふふっ、いえ、っふふ、はあ、こちらこそ、ありがとうございました、ふはっ、」

あ、だめだ、まだ余韻が抜けきらない。

イルジュスタジアムのマスターとの試合は、かつてないほど興奮した。

息のような笑い声が止まらない。ああ、愉しかった、愉しかった、たのしかった!!

この時間が永遠に続けばよかった!!

やはり闘技が始まればそのこと以外は頭に入らず、目の前の争いに酔いしれた。

ボクが酔っ払ったような目をうっとりさせていた、その時だった。

「君、ここのマスターをする気はないかい?」

「-はぁ、?」

言っていることが理解できなくて、上擦った声がもれる。

はあ、ボクが?スタジアムの、ますたぁ?

「本当、ですか。」

「ああ。他にも二人マスターに誘っている子がいるんだけれど。…?」

「え、ああはい、それはありがたくお受け致します。そして、どうかされましたか?」

「その二人、なんだかやけに-まあいい。」

「そうですか?」

こうして、あっさりと就職先は決まってしまったのだった…

「あ、でもまだボク学生なので、国闘卒業したらもう一度引っ越しにきますね。」

「分かった。振り替え式頑張ってこいよー。」

一人式ってキツイぞ、俺も苦労した、とマスターは帰りがけに言っていた。



-♦︎♢♦︎-


(はぁー…)

卒業式の振り替え。気が重いけど、これが終わったら、イルジュでマスターができるから我慢だ。

因みにあの後イルジュの人と上層部で凄いもめた結果、ボクとマスターが言っていた二人が飛び級でマスターに就くことが特例で認められたとマスターと元同級生であるという事務のランドという人から手紙が来た。文面からして、さばさばした女性のようだった。ん?マスターの言っていた二人も特例ってことは同い年なのかな?


どんっ


「あ、ごめんなさ…」

「すいませっ…て、フウさん?」

えーっと、この子は確か…。

あ、そうだそうだ。ラミーナさんだ。ボクが来る前まで、カイルと仲が良かったと言っていた子。前には出ない、触らぬ神に祟りなしタイプの子だった。

「あ、ちょうどいいや、ラミーナさん、カイル…君知らない?」

できたら会って、話がしたい。時間があるなら試合たい。

「…っあの、それが…」



式の間は、舎長の言葉も右の耳から左の耳だった。

ラミーナさんの話によれば、カイルは、イルジュスタジアムとは真反対の、ハルガ地方というところに引っ越してしまったらしい。

こうなってはもう、いつから決まっていたとかは関係ない。あるのはもうカイルがいないという事実だけ。

(…試合、できなかったな。)

なあ、カイル。信じてくれないかもしれないけど、ボク、勝ったんだよ。イルジュのマスターに。今度からマスターになるんだよ。

「--はい、次、卒業生代表の言葉--」



-♦︎♢♦︎-


それから5日後にボクはイルジュスタジアムの近くのアパートに引っ越した。

父様からの仕送りはあるがこれからは一人暮らしで仕事もある、ある程度賃金が貯まったら、仕送りは大丈夫の手紙を書かなくてはな。

そんなこんなで初出勤だ。


-♦︎♢♦︎-


スタジアムに着くとすでにマスターが待っていた。

「あ、マスター。」

「ああ、その呼び方はもうやめな。」

「え?」

「今日からは君が、ここのマスターだ。」

マスター。改めて言葉の重さに胸が疼く。

「そういえば他の二人はもう来ているんですか?」

「ああ、そこを真っ直ぐ行ったところのベンチで待つように言ってあるから。会っておくといいよ。」

「はい!」

すれ違う人たちと挨拶を交わす度に、本当にここで働くんだなぁと、ふっと感じた。


-♦︎♢♦︎-


奥へ進むと、次第に声が聞こえてきた。男性の声のようだけど、まだ声変わりの済んでいないテノールから、きっと同じマスターの二人だろうなと思う。

何を話しているのか気になって、少し立ち止まって耳を欹てる。 


「-ホントに楽しみだね、コウ!」

「ええ、そうですねユウ兄さん、まさかこんなことが起こり得るとは!僕は感激です!」 


---ん?

ちょっと待て?

ユウ?コウ?

もしかして-

小走りで行く。早く確認したい。見たくない。怖い。でも-!

「はぁっ、こん、にちは!」

「ん?こんに-」

「あ、どう-っ?!」

あ、くる。

「「えええーーーっ?!?!」」

そりゃそうですよね-


そこには、ボクと全く同じ顔が、仲良さげに二つ、並んでいた。


-♦︎♢♦︎-


「いやーびっくりしましたよ。僕たち双子ではなくて三つ子だったのですね!」

「うん、俺も本当にびっくりした。一瞬悪戯しにきたドッペラーかと思った。」

でも奇獣はこんなしっかり喋んないもんねーと、ユウさんは言った。

あのあとすぐに父様に連絡して、どうにか混乱を落ち着けてもらったものの、ボクが一番恐れていた事態に陥ってしまった。

幸い二人は、一人称でどーだこーだ言う人間ではなかったので、そこは偽らなくてよさそうだ。


でも、こうしてみると、本当にお二人は仲がいい。色違いの制服、対になっている髪の分け目、同じ顔立ち。

小さな頃から、ずっと一緒だったんだろう。


羨ましい。


でも、それよりも、やはり、ボクは-

(この間には、入れない、かな。)

こんなにも二人でひとつなところに、新しい色は混ぜられない。

二人には、家族なんだから、これからはもっと親しくていいよ、と言ってくれたけれど。

彼らは家も同じらしい。

そもそも生活環境も違う。

無理だよ。


それと、もう一つ。




間に割り込むような形になってごめんなさい。


君らは本当は双子じゃないんだ。


ごめんなさい-

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三つ子だけれど双子と一人だ 遠江 葉織 @tooumi-haoru

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