2.モノクロームプログラム
教室には色がある。
華やかでカラフルな陽だまりと。
墨をこぼしたように真っ黒な日陰。
城ヶ崎さんは陽だまりの中心にいるような女の子だった。
目立つ容姿、愛想の良さ、見目に反して優秀な成績。私とは似ても似つかない、遠くの人。
だから決して。
交わることなんてあり得ないはずだった。
五月の夕陽が西の空に溶けていくのを頬杖をつきながら眺める。
放課後の教室は居心地が良い。
授業に追われることも昼休みの喧騒に巻き込まれることもなく教室という空間を独り占めできる。
早く家に帰りたくないときは下校のチャイムが聞こえるまで教室に残っている。
宿題をしたり、スマホで漫画を読んだり。時間の潰し方はその時々によって決まる。
今日は漫画の気分だった。ので、前々から気になっていた漫画を読むことにした。
女の子が少し不思議な日常を送る百合漫画だった。
……私は百合が好きだ。
けれど決して、その気持ちを表に出すことはない。
当たり前だ。女の私が、女同士が好きあっている話を好むなんて絶対に変だ。
そして変なものは排斥される。それがこの
などと。小難しい話は置いておいてとりあえず漫画を開く。読んで、いいな、と心が緩む。
そうして気を抜いていたのがいけなかった。
「天城さんって女の子が好きなの?」
雷鳴のようにその声が私に突き刺さる。顔を上げるとクラスの誰もが知ってる女の子が目の前にいた。
夕陽を浴びた金髪が光の粒子を纏ったようにキラキラと輝いていた。
城ヶ崎さんだった。
「すっ、……きじゃあないですけど」
「えー、うそだぁ」
だって、と私の手からスマホを取り上げる。
「女の子同士でキスしてる」
「…………」
「天城さんって意外とむっつりなんだね」
「……ないで」
「?」
「お願いだから、誰にも言わないで」
懇願するように城ヶ崎さんを見上げる。
誰にも知られたくなかったのに。ああ、私の馬鹿。迂闊。
しかも、よりにもよって城ヶ崎さんに知られるなんて。
「うん。わかった」
城ヶ崎さんがあっさりと快諾する。
「……いいの?」
「いいよ。……でもさ、それだとわたしにメリットがないよね」
「どういう、」
だからぁ、と城ヶ崎さんがにやりと笑う。
「秘密をバラされたくなかったら、わたしの言うことを聞いてほしいな」
「…………」
「どうする天城さん?」
どうもこうも。
選択肢なんて無いも同然だった。
「……城ヶ崎さんの言うことを聞きます」
「素直でよろしい〜」
くしゃくしゃと少し雑に頭を撫でられる。羞恥と後悔で顔が熱くなる。
「なにお願いしよっかな〜」
城ヶ崎さんの楽しそうな声が響く。私はちっとも楽しくなんかない。
暫くして、閃いたと言わんばかりに城ヶ崎さんが手を叩く。
「膝枕してもらおうかな!」
「…………は?」
膝枕? は、なんで?
疑問が頭を埋め尽くしている間に、城ヶ崎さんが机を動かして私の前にスペースを作る。待って、と言う暇もなく城ヶ崎さんがしゃがみ込んで頭を私の腿に載せる。
なにこれ。
「……あの、城ヶ崎さん?」
「天城さんちの匂いがする」
いいね、と城ヶ崎さんが頭を擦り付けてきて「ひゃぁ!?」さすがに驚いて椅子ごと後ずさった。
「むぅ。マーキング失敗」
「失敗、じゃなくて……!」
なんなの、……なんなのホント!
やるせない、苛立ちにも似たものが喉奥までせり上がる。それをなんとか抑えつけていると下校のチャイムが鳴る。
「ん、もう帰らなきゃ。またね、天城さん」
今にも踊り出しそうな軽やかな足取りで城ヶ崎さんが教室を後にする。
嵐のような時間が過ぎ去って。
そうして教室には私一人が取り残される。
「なんなんだよ、もう」
城ヶ崎さんがわからない。
モノクロの世界に突如訪れた色彩はあまりにも眩しく、鮮やかで、理解が追いつかない。
それでも一つ。
確かに言えることがあった。
「絶対忘れられないじゃん……」
美点か汚点になるかはわからないけれど。
一生残る傷跡になるのは間違いなかった。
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