放課後エンゲージ
真矢野優希
1.放課後エンゲージ
『海行こうよ』
そんなメールが城ヶ崎さんから届いたのは、期末試験最終日を翌日に控えた午後九時のことだった。
「なんで」
『行きたくない?』
いや別に。
そう返すのは簡単だけど。その後を考えると指が止まる。
私は城ヶ崎さんに弱みを握られている。
だから、城ヶ崎さんのお願いには逆らえない。
ため息を吐きながら「わかった」と返事をする。ややあって女の子が涙目になっているスタンプが返ってきた。喜んでるの、それ?
試験が終わって一息つきたくなる気持ちを振り払うように教室を足早に出る。校門を出て、帰宅の流れから外れた先にあるバス停を目指す。
途中、何度か後ろを振り返って誰もいないことを確かめた。
そんな神経質な私とは対照的に城ヶ崎さんはおおらか……というか自然体だ。田舎から浮くような金髪も化粧もそれが当然だという顔をして、いまもバス停のベンチに腰掛けている。
「遅いよいづこちゃん」
そんな城ヶ崎さんが私に気づいて笑みを向ける。
ついでに言えば。
城ヶ崎さんは美人と評判だ。
……私はそうは思わないけど。
「時間には間に合ってる」
「そうだけどぉ」
不満そうに城ヶ崎さんは口を尖らせる。別に早く着いたって良いことないのに。暑いし。
焦がれるような時間を待ってようやくバスがやってくる。乗り込むと冷房が体に沁みた。
そこから一時間ほどバスに揺られたところで目的地に着く。
嘴のように突き出た岬はその特異な地形から観光客も多い。嘴の内側、港に面した砂浜は夏場は海水浴客で賑わうという。
……もちろん、晴れていれば、だけど。
灰色を敷き詰めたような空模様は海水浴とは程遠い。
「絶好の海日和だね!」
城ヶ崎さんが呑気にそんなことを言いながら制服を脱ぎ出す。「……はぁ!?」と遅れて心臓が飛び出そうになる。火がついたみたいに頬と耳が熱くなる。
当たり前だけど。
城ヶ崎さんは下に水着を着ていた。
振り返った城ヶ崎さんがにやりと笑って、それが、すごく、悔しい。
「……ばかじゃないの」
呟く声を振り切るように。
曇り空の下を太陽が駆けた。
ばしゃばしゃわぁー、と子供みたいに浅瀬ではしゃぐ城ヶ崎さんを風と砂に塗れながら見つめる。
……告白すれば。
私は城ヶ崎さんを眩しいと思っている。羨ましいと思っている。
無いものねだりなのはわかっているけれど。
「いづこちゃんもおいでよー」
それでも近づきたいと思ってしまう。
だから、その声に応えるように。
私は靴下を脱ぎ捨てた。
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