第58話  私のメイドに浮気者だと言われた理由

美空みそら なお



「………」

「何してる、早く乗れ」



校門の前。


さも当然のように高級車と共に現れた父の元マネージャー…………森住さんを見て、俺は目元を押さえてしまった。


周りからの視線が痛い。おまけになんだろう、あの人ってひそひそ話も聞こえてくるから、なおさら頭が痛かった。


俺はため息をつきながら、森住さんに近づく。



「ここ学校だけど?」

「別にいいだろ。ちなみに、恵奈も待ってるぞ」

「え?今ツアーしてるんじゃなかったっけ」

「お前……本当に周りに興味ないな。恵奈のツアーは二日前にもう終わっている。今日はオフなんだよ、あいつも」

「だからといって、こんな拉致るような真似しなくても……」

「ははっ、こういうところは母親似なんだな」

「……どういうこと?」

「あいつだったら、きっと喜んでただろう」



森住さんはこちらをチラチラ見る学生たちを見回しながら、言った。



「あいつは、注目されるのが大好きな人間だったからな」

「……………」



それが父を指している言葉だと分かった瞬間、急激に心が冷める。


俺は振り返って、こちらを見ている生徒たち何人かに視線を飛ばした。そして、ある一点に視線がとどまる。


氷だ。両手を軽く組みながら、ずいぶんと驚いた顔で俺を見ている。


……心の奥底から、温もりが広がった。



「さて、行こうか。事前連絡もなしに悪いが、ちょっと来てもらうぞ」

「……なんのために?」

「ユニバーからスカウトが来てるんだろ?お前のマネージャーの俺が知らないとでも思ってるのか」



急に羽林が所属する会社の名が出て、俺は舌を巻いた。


やり方が乱暴だけど、確かにこれは行くしかないだろう。スカウトの件は森住さんにも相談しなきゃとずっと思ってたし。


結局、この場で俺に選択肢はなかった。



「……分かったよ、行けばいいじゃんか」



俺は両手を上げるポーズを見せて、大人しく助手席に乗ろうとする。しかし、そこで森住さんが俺の肩に手を置いて、首を振って見せた。


わけが分からなくて眉根をひそめていると、森住さんは急に後部座席のドアを開いてから、しれっと目配せをする。


俺は一度白目を剥いた後に、顔をしかめる。



「……俺を社会的に殺す気?」

「別に殺すわけじゃないだろう。ユニバーでスカウトまでされたプロデューサーを乗せるんだ。これくらいのサービスは必要だろ?」

「森住さん、俺マネージャー変えたい」

「残念だったな。お前のマネージャーなんて俺くらいにしか務まらない」



それが世の常だと言わんばかりに堂々としてるから、俺は再び目元を押さえてしまった。


結局、俺はこの茶番に付き合うしかなくて、大人しく後ろの席に乗ってため息をつく。外から感じられる視線が、2倍くらいは強烈になった気がする。



「ぷははっ」



なにがそんなに面白いのか、森住さんは素早くドアを閉じて運転席に乗った。学校を出る前、俺はもう一度氷がいたところを見る。


氷は、何とも言えない複雑な顔のまま、立ちすくんでいた。



「………」



さっそくスマホを取り出して、俺はメッセージを送る。



『ごめんね、急用ができちゃって』

『夕飯までは帰るつもりだけど、もしかしたら遅くれるかもしれない』

『その時は、また連絡するね』



……あの家で、氷に一人飯をさせたくはない。なるべく早く切り上げて、家に帰らなきゃ。


窓の外を見ながらそう考えていると、間もなくしてスマホが鳴った。



『ご主人様の浮気者』



……………………………………………………………なんで?







「あら、いらっしゃい~~久しぶりじゃない、直」

「久しぶり……って、なんで恵奈さんまでここにいるの?」

「ああ~~森住さん、直が冷たいこと言う~~」

「ほっとけ。ヤツは俺の目の前でマネージャー変えたいって言う悪魔なんだぞ?」

「ええっ!?直、そんなこと言ったの!?」

「帰っていい?」



何故か森住さんの事務所には既に恵奈さんがいて、彼女はニヤニヤしながらずっと俺をいじってきた。ソファーでくつろぎながら。


俺はすぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えながら、その横に座る。


恵奈さんは当然のように俺の肩を抱きながら、白歯を見せた。



「本当、可愛くない従弟だから」

「……スキンシップが馴れ馴れしすぎじゃない?」

「あれ~~?どうしたの?前はそんなに意識してなかったのに~~そっか、ようやく私を見てくれるんだ!」

「バカ言え。俺には氷しか――――」



反射的に言いかけた言葉を、俺は慌てて飲み込む。


あまりにも自然に言葉が流れたから、つい変なことを口走ってしまった。


震えながら横を向くと、恵奈さんは……………



「へぇ~~~~~~~~~~~」



もう、最高にムカつくニヤニヤ顔になっていて。


その上に、3人分のお茶を入れてきた森住さんもまた、噴き出しながら向かい側に座った。



「式はいつだ?」

「……帰る」

「ええ~~?どこに行こうとするの?直、あんたは今日帰れないんだからね?あることないこと洗いざらい吐いてもらうまで、絶対に帰せないから!!」

「マジでうるせぇな、二人とも!!」

「俺はなにも言ってないぞ?」

「言ったんだろうが、ついさっき!!」



氷との穏やかな日常に比べたら、この時間はさすがに地獄過ぎる。


もう涙を流したい気持ちをこらえていると、森住さんはついにゲラゲラと笑い出した。


アーティストをこんなにいじめるマネージャーって、もう首にされても文句言えないだろ……!



「まぁ、まぁ。お前の恋愛話も非常に気になるが、今大事なのはそっちじゃない」

「え?そうなの?私が大事なのは恋愛の方だけど」

「恵奈……少しは我慢しろ。そのために来たわけじゃないだろ?」



さすがに恵奈さんもこれ以上は酷いと思ったのか、肩をすくめながらソファーにもたれかかった。


俺は、今日何度目か分からないため息をつく。それを見た森住さんは、小さく口角を上げてから言った。



「さて、スカウトを受けるか受けないか、ここで決めようじゃないか」

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