第50話  私のご主人様に慰められながら

冬風ふゆかぜ こおり



好きなのかと聞かれた途端、聞こえるんじゃないかと思えるくらい心臓が高鳴りました。


私は、その質問に対する答えをまだ持っていません。持ちたいとも思いません。


前に進まなければいけないというのは、社会と他人が作った都合のいい概念だと思います。


私は進みたくないです。このままがいいです。


ご主人様と同じ布団を被って、同じ枕を使いながら。


ベッドで横向きになって、見つめ合ったまま。


性欲という立派な建前を持って、こうやってご主人様に体を触らせる今の状況が、いいです。



「…………っ」



熱くなった体は分かりやすく他人の指先に反応して、変な声が漏れてしまいそうになります。


自分で触るのと全然違います。正直に言って、ここまで違うとは思いませんでした。



「………」

「………」



明かりもついていないのに、ご主人様と視線が混ざっているのがはっきりと感じられます。


私は何も言わず、掴んでいるご主人様の手をもっと下に持っていきました。恥じらいながらも、はしたなく。


慰められたいと思いました。



「……んっ」



パジャマの上を軽く撫でられただけなのに、私の体は分かりやすく反応してしまいます。


反射的にご主人様の動きが固まります。でも、間もなくして指はゆっくり動いて、撫でるように私の大切なところをいじり始めます。



「ん、っ……」

「………」

「……わ、わたし、も……」

「……ダメ」

「え?」

「今日は、氷だけにするから」

「……………………」



どうして。


先ず浮かんだのは、そういった疑問でした。襲ってくる刺激の中でもその言葉が呑み込めなくて、目を丸くしてしまいます。


だけど、ご主人様はこれ以上話さないとばかりに、私を抱きしめました。


互いの体は密着し、私の顔は自然とご主人様の懐に埋もれます。


そんな状況の中で、ご主人様はゆっくりとパジャマを脱がしてパンツの上に……指を触れさせます。



「んっ」



今度は、さっきの2倍くらいの声が出てしまいました。


それはすなわち、ご主人様に私の喘ぎが全部聞こえているということで。


私は恥ずかしくて、逃げたくて、声を殺したくて、ご主人様の懐により深く顔を埋めます。


だけど、そうすると同時にご主人様の香りが私を支配して、狂いそうになります。



「……氷」



割れ物を扱うように、ご主人様は片腕で丁寧に、私を包みました。



「腰、ちょっとだけ上げてくれる?」

「……………」



どうしてそんなに余裕なんですか。


私はこんなにも乱れて、悶えて、涙が出るほど恥ずかしいのに。どうして、あなたはそんなに余裕でいられるんですか。


その質問を口にすることはできず、私は言われた通りに腰を上げました。頼りない下着が脱がされていく感触に、もっと顔に熱が上がります。



「ご主人様ばかり……ずるいです。私だって」

「ダメ、命令」

「……………………」

「……命令」



ずるい。


滅多に命令なんか使わないくせに、どうしてこんな時に限って。


密着しているから分かります。ご主人様だってちゃんと………溜まっているのに。なんで?どうして?


思考がぐるぐる回って、納得できる答えを引き出そうとします。だけど、それよりも前に快楽が襲ってきました。



「ん……!!」



ご主人様は指2本で、直接的に私の大切なところを触ります。


反射的に体がビクンとして、私はご主人様に縋りついてしまいました。


ご主人様は私の様子を伺いながら、控えめに指を動かします。だけど、体を許すほどの男に触られると、どうしても小さい刺激も膨らんでしまって。


目じりに涙が浮かびます。恥ずかしいのに熱くて、気持ちよくて、ご主人様がいっぱいで、頭がバカになります。



「ごしゅじん、さまぁ………」

「……っ!?ご、ごめん。嫌だったら―――」

「……………違い、ます」

「……え?」

「……………」



答えの代わりに、私はご主人様の懐に額を押し付けます。真意はちゃんと伝わって、止まっていた指が動き出します。


ご主人様の息も、段々荒くなっていきました。消極的だった指は徐々に勢いを増して、私を本格的に落とそうとしてきます。


それから1分が経って、2分が経って、5分が経って。


私は人生一番の快楽に負け続けて、部屋には浅薄な水音と息遣いだけが飛び交います。


正直に言うと、死にたいかもしれません。



「やっ、そこ……やぁ……」

「……………」

「……うぅ、っ……」



撫でるだけだった指は、中に入れるという行為を覚えてどんどん、私を侵食して行きます。


心地よくて鮮烈な刺激がどんどん私を蕩けさせて、そんな頭の中で私は思います。


気があるとか、好きとか、相性がいいとか。


そんなちっぽけな感情をすべて飛び越えた圧倒的な想いを贈りたいのに、私は贈られません。


私は重すぎる女ですし、こんな莫大な塊は迷惑でしかありませんから。



「ごしゅじん、さま……私、もう……」

「…………」

「もう、もう……!」

「……氷、顔上げて」

「―――え、ちょっ」



言葉とは真逆に、ご主人様は私の顔を無理やり上げさせた後に、急に唇を塞いできました。



「ん、んむぅ!?!?」



次第に強まる刺激。もう、私が感じるところは把握済みとばかりに、ご主人様は私を徹底的に落とし始めました。


キスで頭はぼやけて、まともに息もできなくなって、それでも快楽は迸って。


なにがなんだか分からなくなった私は、反射的にご主人様のパジャマを掴みます。



「ちゅっ、ちゅるっ、や、キス、許し――ん、んちゅっ!?!?」



そして、ご主人様の指が深くまで入ってきた瞬間。



「んん~~~~!?!?!?!?」



私はあっけなく達して、体を硬直させて、涙を流すしかありませんでした。


その間、ご主人様はずっと私を抱きしめて、キスをしてくれて。本当に、本当にこれはずるいと思います。


こんなの、犯罪です。



「んちゅっ、ちゅぅ、ちゅっ、んん…………ふぅ、ふぅう………」

「……………」

「んふぅ……ふぅうう……」



嫌い。


嫌いです。本当に、大嫌い。


こんな、こんなことされたら、私は………。



「………っ」

「ふぅ、はぁ、ふぅうう………」

「………」



何かを言いたいのに、酸欠状態で頭も回りませんし、息を継ぐのに精いっぱいで単語が浮かびません。


ただ、私は目にありったけの恨めしさを込めて、ご主人様を見つめました。


私を完璧に溶かした悪質な主人を、ずっと。

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