第23話 俺のメイドさんとの学校での食事
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「んん……ん」
チャイムの音で目が覚めて、俺は伸びをしてから周囲を見回す。お昼休みになった教室は相変わらずにぎやかで、購買に向かっているっぽいクラスメイトの一人が俺に話しかけてきた。
「おい、美空。お前また寝てんのかよ」
「あ、
「呑気にしてんな~~ほら、パン買いに行こうぜ」
「遠慮しとく。弁当あるからさ」
「……は?もしかして彼女?」
「んなわけねーだろ?普通に………家族が作ったんだよ、家族が」
「へぇ、そっか。じゃな~」
クラスメイトの一人、鈴原は他のやつらと一緒にのろのろと購買に向かっていく。まあ、あいつらは元々コッペパンでも進んで食べるやつらだし、別にいいっか。
それにしても、さっき言い放った家族という単語が心の中で引っ掛かった。確かに今日は弁当を持ってきているけど、その弁当を作ってくれたのは氷だった。
脊髄反射で答えたとはいえ、俺は氷を家族だと言ってしまったのだ。
「…………………………………」
当たり前だけど、俺と氷は家族じゃない。一緒に住んでからまだ1ヶ月も経ってないし、俺たちは家族といえるほど同等な関係でもなかった。主人とメイド。雇い主と使用人………なのに、なんで。
……寝てたから頭がすっきりしてなかったせいだろう、きっと。俺は苦笑を浮かべながら弁当箱を取って、席から立ち上がる。そして、その瞬間目の前が真っ白な髪に覆われる。
「あっ………」
「……………」
微かに残るリンスの香りは、家で感じていたその香りと全く同じで。
氷は俺に目を向けることなく、片手に弁当箱を持ったまま教室を出て行く。俺は目を伏せてしばらく考えた後、その後を追う。氷が階段を上がっている後姿が見えた。
なんで、上級生たちがいる上の階に向かうのだろう。不思議に思いつつも背中を追いつけて行ったら、氷は学校の最上階のある空き教室の引き戸の前に立ち止まった。そして、まるで予想していたとばかりにこちらを見てくる。
「…………」
「…………」
彼女は俺が持っている包みを見てから、ふうとため息を零した。
「一緒に食べますか?」
「………………ああ」
「なら、どうぞ」
氷が教室の中に入っていく。俺はその背中を追いかけて、教室に入ってから引き戸を閉まった。
たぶん長い間使われていないはずの空き教室には窓が開いてるにも関わらず少し埃の匂いがして、ご飯を食べるにはあまり適してない気がする。それでも氷は慣れたように窓際の席に座って、私をジッと見上げて来た。
「………どうぞ」
「うん」
机を移動させて彼女と向かい合って座ったら、氷はちょっと複雑な顔で包みを解いていた。やがて、昨日も食べたことがあるコロッケ弁当が目に入ってくる。
「いただきます」
「いただきます」
どちらからともなく手を合わせた後、俺たちは黙々と箸を進めて行った。コロッケの衣はもうだいぶへにゃへにゃになっているけど、それを踏まえても文句なしに美味しい。
「このおひたしとソーセージ、まさか今朝作ったの?」
「そうですね。早起きしてやることもあまりなかったので」
「……前にも言ったけど、弁当のおかずは余りものでも十分だからね?後、ここ学校だからもう少しラフに言ってもいいんじゃないかな」
「ラフに話していますよ?私って、基本的に誰が相手でも敬語じゃないですか」
「………………生粋のメイドってヤツか」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
なんだ、この空間は。そう思いつつも二人だけの時間が嫌ではなかったので、俺はもっと言葉を付け足していく。
「ていうか、いつもここに来てるの?」
「そうですね。クラスで食べてると、どうしても視線に晒されますので」
「ふうん……そっか」
「逆に、ご主人様は普段どこで食べてるんですか?」
「うん?」
質問を投げられるとは思わなかったから、つい目を丸くしてしまう。氷は相変わらず淡々とした顔で言ってきた。
「寝る時を除くと、ご主人様がクラスにいるのを見たことがないのですが」
「あ………そうだね。普段はパン買って音楽準備室に行ってるかな。ほら、お年寄りの先生いるじゃん?あの先生にクラシックの曲とか歴史とかいろいろ教わってもらってるんだ。サンプリングの試料としてもちょうどいいし、一度メロディーを頭の中に入れて置くと後々使いどころも多いからさ」
「……ここに来ても音楽なんですね、ご主人様は」
「あははっ、呆れた?」
「授業中に居眠りする姿を見かけた時には、さすがに呆れました」
「うぐっ……………」
痛いところを突かれた次の瞬間、氷は急に箸をおいて露骨に目を細めてきた。
「私、体調はちゃんと気を付けてくださいと前に申し上げた気がしますが」
「………い、いや。そこまで遅く起きてたわけじゃないんだよ。せいぜい深夜の4時に……」
「ふうん、深夜の4時ですか」
「…………………………怒ってる?」
「怒ってません」
ウソだろ、こんなに圧かけてくるのにさ……目つきももう怖いくらい鋭いし。
色々といいたいことがあるのか、氷は食事をせずにずっと俺を見据えていた。自然と俺も箸を置いてそっぽ向いていると、氷が少し俯いてから言ってくる。
「………心配です」
「うん?」
「ご主人様のことが、心配です」
………………………今、なんて言った?
「体調には十分に気を付けてください。ご主人様にとって音楽がどれだけ大切なのかはなんとなく分かりますが、体調より大事なものなんてないじゃないですか」
「……氷」
「……食事中に勝手なことを言ってしまい、申し訳ございません」
その後、氷はいつもの無表情に戻って何事もなかったように食事を続けて行く。俺はさっき言われた言葉を頭の中でもう一度反芻させて、目を伏せた。
こんなに直接的に心配、と言われたのはこれが初めてかもしれない。恵奈さんも森住さんも俺のことをよく見てたしたまにアドバイスもしてくれたけど、こんなに間近で誰かに心配だと言われたことはなかった。
それに、その言葉を口にした張本人が氷だなんて。少なくとも嫌われてはいないかと思って、俺は少しばかり安心する。
「……氷」
「はい、ご主人様」
「ここ、学校だよ?ご主人様という呼び方はやめた方がいいんじゃないかな」
「…………………………でも」
「美空君、って昔はよく言ってたじゃん。学校ではそれでいいんじゃない?」
「…………分かりました」
氷はしぶしぶ頷く。たぶん、彼女にはご主人様以外の呼び方をするのが納得できないんだろう。律儀だと思いつつ、俺も食事に戻る。
それから、お互い無言で弁当の中身を食べ干して後片付けまで終わらせた後。
俺は先にクラスに戻るため立ち上がってから、言った。
「……前に言ったよね、氷。学校では自分の事見つめない方がいいって」
「はい、確かにそう言いましたね」
「じゃ、たまにここに来るのもダメかな?」
真っ赤な瞳がパッと見開かれて、驚きを通り越して驚愕したような顔で氷が俺を見上げてくる。俺は視線を合わせずに床をジッと見つめた。
「ここは学校で、俺たちは単なるクラスメイトだよ。主人とメイドなんかじゃないから、氷の自由意志で答えて」
「…………それって」
「断ってもいいから、気楽に。ここ、氷にとってはそれなりに愛着があるんじゃない?」
俺も、彼女も心を休ませる空間の大切さをよく知っている。氷にとってここは単なる逃げ場ではなく、周りの視線や喧騒から解放される安らぎの場所であったはずだ。ここは氷のための場所で、俺は勝手に入って来た侵入者。
それに、たとえここが学校ではなかったとしても、命令する権利を使ってはいけないと思う。
この少女はたぶん一人でいるのが大好きで、ずっとそんな風にしか平和を得られなかった。だから、断られるのが当たり前だと思っていた。
でも、驚くことに。
「……………た、たまになら」
「…………………………え?」
氷は何故か、少しだけ頬を染めてから顔を伏せて、消え入りそうな声で許可を出してきて。
断られるとばかり思っていた俺は口をポカンと開いて、彼女の照れくさそうにしている顔を見つめてしまった。
「頻繁に訪れるのは困りますが、たまになら……いいです」
「……本当に?いや、圧とか感じてない?これ、本当に氷の意志で決めちゃっていいから」
「私の意志です」
さっきとは打って変わって少し声に力が入った彼女は、相変わらず赤くなった顔で俺を見上げてくる。
「メイドだから、仕方なく許したわけではありませんから」
「………………………」
「……ですが、ここに来る前は必ず先に来るって言ってください。それと、ここに訪れる時間も多少は間隔を置いた方がいいと思います。周りに気付かれないために」
「………………ああ、分かったよ」
……なんだ、これ。
なんで嬉しいんだろ。わけが分からないけど、俺は嬉しさを感じている。氷が少しは俺を受け入れてくれたことが嬉しくて、心臓がちょっとだけ早く鳴っている。何とも言えない感情が渦を巻いて解消の仕方が見つからない。
氷が主人としてではなく同じ人間として、俺を受け入れてくれた。
それが不思議でもあって、俺はしばらく何も言わずに唇を濡らすだけだった。
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