第15話 俺のメイドのためのぬいぐるみ
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悪夢を見ない方法、とネットで検索をしてみてもこれといった打開策は見つからなかった。そもそも氷が悪夢を見る理由は、彼女が今まで感じて来たストレスとトラウマから来るもの。赤の他人の俺に、その古傷を癒すことはできない。
だから、せめて不安な時に何か抱きしめるものがあったら少しは良くなるんじゃないかと思ったのだ。ハグはストレス減少に役立つというし、広い部屋で一人眠るよりは何かあった方がいいはずだから。
そういう思惑で、氷が作ってくれた豚汁をちゃんと食べ干した後に話を持ち掛けて見たのだけれど、案の定氷はしぶしぶとした顔で俺を見ていた。
「……ぬいぐるみ、ですか?どうしていきなり」
「なにか抱きしめられるものあったら寝やすいんじゃないかと思ってね」
「…………」
「……もしかして、迷惑なの?それとも、単に外出することが嫌だとか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
氷は何とも言えない複雑な顔を浮かべてから、俺を見据えてくる。
「……私はご主人様に何かをもらうのが、怖いですから」
「…………」
「今でも十分もらっていますから、大丈夫です。そこまで私のことを気にしていただかなくても、私は平気ですので」
悲しさというべきか、観念したというべきか。
淡い笑みを湛えている彼女の心理をすべて読み取ることはできない。でも、彼女が俺に何かをもらう、という行為を負担に思っていることだけは確かなように見えた。前に俺のことが怖いと言った理由も、こういう類の感情なのかもしれない。
俺は目の前に立っている氷の赤い瞳を見て、目を伏せる。俺は、まだこのメイドさんとの適切な距離感が分からないでいる。優しさを押し付けたくはないけど、氷にもっと幸せになって欲しいという願望はちゃんとあるのだから。
思考が糸束のように絡み合って、ぐちゃぐちゃになっていく。どうしよう、どうすればいいのかと考えあぐねていた、次の瞬間。
氷はそんな俺の頭を射貫くように、綺麗な声で言ってきた。
「………いえ、やっぱり必要かもしれません」
「は?」
急に響いてきた声に、俺は目を丸くして再び彼女を見つめる。
「ぬいぐるみ、欲しいかもしれません。高校生がぬいぐるみなんてちょっと幼稚な気もしますが、可愛いものは好きですからね」
「………………好きなの?可愛いもの」
「はい、可愛いものは好きです」
躊躇いに滲んでいた顔が暖かい笑顔に変わって、彼女は少しだけ目礼をしてから言う。
「駅近くにあるショッピングモールに行った方がよさそうですね。朝ごはんを食べてから向かいましょうか」
「あ………そうだね。午後だとけっこう込みそうだし」
「かしこまりました。では、外出の準備をいたしますね」
氷はそのまま背を向けて、とたとたと自分の部屋の中に消えていく。俺はその後姿を眺めてから、深々とため息を零した。
「気を使わせちゃったな……こりゃ」
でも、氷にそんな気を使わせるような存在になれたことが嬉しくて。
俺は苦笑を浮かべながらも、とりあえず洗面所に行って顔を洗った後に、氷が作ってくれた豚汁を食べ終えた。部屋で外向きの服に着替えて、リビングに。
お互いの部屋に入ってから20分くらいが経ち、次第に亜麻色のセーターに膝丈まで伸びている黒いスカート、グレーのチェスターコートを身に着けた氷が姿を現す。
久々に見る彼女の私服姿に目を丸くしていると、彼女はすぐに首を傾げて言って来た。
「行きましょうか、ご主人様」
「………ああ」
やっぱり、こうして近くで見ると綺麗という言葉しか浮かばない。
氷の私服姿はもうモデルをやってもいいんじゃないかと思えるくらいで、氷が学校であんなに話題になってるのも納得がいくほどだった。こんなに飛びぬけて可愛い子が俺のメイドだなんて、今更だけど実感が湧かない。
道を行きかう人々がみんな氷に視線を向けている中、俺は沈黙を破るためにわざとらしい質問を投げてみる。
「ぬいぐるみ以外に欲しいものはない?服とか、大丈夫そう?」
「さすがにそこまでは必要ないかと。家に来た初日に、色々と買ってくださったじゃないですか」
「……そう。必要なことがあったらいつでも言ってね」
「そちらも大丈夫です。ご主人様がくださる給料からちゃんと使う予定ですので」
淡白な答えを聞きながら、俺たちはショッピングモールのエスカレーターにたどり着く。俺たちが欲しいサイズは抱きしめられるような特大のヤツだから、適当にトイザらスに行けばいいだろうと思った瞬間。
氷が急に振り返ってから、俺をジッと見下ろし始めた。
「……どうしたの?」
「……いえ、なんでも」
相変わらず意図が読めない笑顔を最後に、氷は前を向いた。
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