第18話 お節介が繋ぐもの

そしてそれから。


「(う〜〜〜ん…)」


帰路についてからというものこの方、俺は表面上は普段通りを振る舞いつつも頭を悩ませずにはいられなかった。


「……?」


すぐ隣を歩く葵に訝しげな目を絶賛向けられていることにも気付かずに。


「(はてさてどう切り出したものか)」


これまでの事から考えて、俺が何かしらに悩んでいる事を葵はとっくに気付いている。

お兄ちゃん的には『従妹の連絡先知りたいのぉぐすん』、なんてそんななっさけねぇ悩みを抱えていた事は万が一にもバレる訳にはいかないのでさり気なく、尚且つスマートに颯爽と聞き出してしまいたいところであるが。


「(…………くっ)」


そんな器用な事が出来るのなら、最初から頭を悩ませていない訳で。

…いっそ、母にでも協力してもらおうか。いや駄目だ。そう考えた瞬間、秒であの人が腹を抱えて大爆笑、何なら笑いすぎて引き付け起こしている絵面がいとも簡単に想像出来てしまう。


考えれば考える程に泥沼。

俺は暫し無心のまま歩を進めて、そしてふと気付く。


「あれ?葵?」


いつの間にやら隣に葵の姿が無い。

何事かと慌てて振り向けば、そう離れていない距離で葵は何処かを見つめて足を止めていた。


「葵、どうした?」

「……兄さん」


例の如く無表情で、葵がゆっくりと視線の先を指し示す。その先には


「……ん?」


年端のいかない子供が一人、隅でぽつんとしゃがみ込んでいた。

抱えた膝に顔を埋める小さな身体は、気の所為でなければ震えているように見える。


「………どうしま」


いつか何処かで見たような光景。身体は勝手に動いていた。

戸惑う葵をその場に置いて俺は子供に近づくと、視線を合わせるべく同じ様にしゃがみ込んだ。


「うっ……ぐす……」

「どうした、君」

「ぐす……ぐすっ…!」


俺の問いかけに答えること無く、子供はただ啜り泣くのみ。

辺りを見回す。この子の物らしき荷物は無い。着の身着のままだ。となると恐らく連絡手段も無いのだろう。


「…無理に喋らなくてもいいから、兄ちゃんの言うことが合ってたら、うんって頷いてくれるか?」

「……えぐ………っ」

「友達と喧嘩したのか?」

「…………」


子供は何も言わない。


「…迷子か?」

「………っ………」


腕がピクリと反応し、抱えた頭が僅かに、縦に動いた。


「そうか」


ひとまず、それだけ分かれば十分だった。


「…兄さん?」

「取り敢えず近くに公園あるからそこ行こう。…知り合いでもいたらいいんだけど」


後ろから遠慮がちに近づいてきた葵にそう口にする。

この辺り、近くに交番無いんだよな。足を使って探そうにも手掛かりが無いことには。


「な、兄ちゃんがお母さん探すからさ、一緒に公園行かないか?んで、もしお友達がいたら兄ちゃんに教えてくれ」

「……………」

「…立てるか?」

「………」


ぶんぶん。


「じゃあ、ほれ」


出来るだけ柔らかい声を出して、俺はその子に手を差し出す。未だ啜り泣いたままだが、子供がゆっくり手を伸ばしその手を掴み取る。色んな液体でびしょびしょではあったが構わず俺はその子を抱き上げた。制服で良かった。私服だと誘拐とか誤解されかねないし。


「行こう、葵」

「え、……は、はい」


声をかけて歩き出した俺達の後ろを、葵が一拍遅れながら慌ててついて来る。

…お節介はいつものこと。けれどペットでもない迷子探しは中々に珍しい。それも何も無い道端で。果たして俺が今やっていることは正しいことなのか。胸中に漂う不安を年下達に気取られぬ様前を見据え、兎にも角にも俺達は一旦そこを離れるのだった。












「…知ってる子とかいる?」

「………ううん」


辿り着くまでには、何とか子供、いや女の子だったらしい、も落ち着いてくれた。

広い公園にはちらほら子供達が走り回っている。この子と同年代くらいの子もいるにはいたが残念ながら。


「…どうしますか?」

「警察にも連絡するとして、俺はちょっと辺りを回ってみるよ。それらしい人がいないか手当たり次第声をかけてみる」

「…ですか」

「葵、連絡先教えてもらえるか。で、この子とここで待機していてほしい」

「分かりました」


幸い、無駄に顔は広いし、知り合いに会ったらそれとなく色々聞くなり、手を借りたりしてみようか。ご近所ネットワークに引っ掛かってくれたら御の字。

葵とさっさと連絡先を交換すると、俺はその場を後に


「と」


しようとして踏み出した足を、女の子が後ろから引っ張っていた。


「……行っちゃうの?」


不安そうな女の子の揺れる瞳に、またもや涙が溜まりつつある。一度、誰かと行動を共にした以上、もう一度一人にされることが怖くてたまらないのだろう。

昔、似た経験があったからよく分かる。………あった、と思う。


「大丈夫だよ。このお姉ちゃんがいる」

「………」


しゃがみ込んで女の子の頭を撫でる。大人しくされるがままのその子と俺を、隣で葵が立ったままじっと見下ろしている。


「頼む、葵」

「………、はい」


信頼を以て、俺はその場を今度こそ後にした。

公園の入口を出て、最後に二人を振り返る。ゆっくりと、ぎこちない動きで視線を合わせるべく膝を折る葵の姿がやけに印象的だった。












「さ、て、と」


とはいえ、最初から当てもなくスタートを切る訳にもいくまい。

開幕からして見当違いの逆方向でした。なんてことになったら笑い話にもならない。

せめてそれらしき人の目撃情報さえ、糸口さえ見つかれば。


「あれ、穂村じゃん」

「………ん?」












「おかあさんっ!!」

「ああ、良かった……!良かったぁ、本当に……!!」


結論から言ってしまおう。親御さんは無事見つける事が出来た。

慌てた様子であちこち走り回る女性の姿を、偶々出会った知り合いが何人も目にしていたのだ。最初に出会った相澤から石田さんへ。石田さんから宇喜多の爺さん。そして江原のおばさん、大島さんと、道行く町民からの目撃情報を一つずつ一つずつ、追いかける様に辿って漸く。

大切な我が子の危機に、正常な判断すら出来なくなっていたのだろう。見つけた時の彼女の鬼気迫る様子といったら。落ち着かせるまでにもこれまた相応の時間がかかってしまった。


「本当にありがとうございました……!!」

「………ぁりがとう」


何度も何度も頭を下げる母の足に縋りつきながら、小さく手を振る少女。




「…………?」




その姿に重なる、幼い少女の面影。


「…ばいばい、おねえちゃん」

「はい。ばいばいです」


されど考える間もなくそれは瞬時に霧散してしまう。


「………ん?…ああ……」


俺がいない間に何があったのか、少女の顔に浮かぶ、出会った時とは違う小さな笑顔に心満たされながら、俺と葵もまた、手を振り二人を見送った。


「…………」

「…………」


「あああ゙ぁ゙疲れたー…………」


そして見えなくなるや否や、俺はベンチにどかっと勢いよく座り込んだ。

足が石の様な棒の様な。明日は間違いなく筋肉痛。やだやだ学校行きたくない。


「お疲れ様です」

「うん。葵も面倒見てくれてありがとうな」

「……私は何も」


隣に座った葵がハンカチを取り出して、甲斐甲斐しくも俺の汗を拭いてくれる。

気恥ずかしさを感じながらも、既に精魂尽き果てた俺はそれに暫し甘える様に身を預ける。

空はとっくにオレンジ模様から色を失いつつある。公園には既に人もおらず、ただただ風の音だけが俺達の間を通り過ぎるだけ。


「…しかし、自力でよく見つけられましたね」

「持つべきものはお知り合いだなぁ。やってて良かったお節介」

「………………」


面倒くさい性格もこう言う時に役に立つ。まさかこうもとんとん拍子に繋がりが繋がりを生むだなんて。けれど、冗談混じりで発したそれに、葵は何も返さない。


「…飲み物でも買ってきますね」

「え、あ」


暫しの間、無言で俺の汗を拭いていた葵は徐ろに立ち上がると、振り向きもせずに足早に遠くに見える自販機まで歩きだしてしまう。

何か気になることでもあっただろうか。追いかけようかと思ったところで、パンパンになった足は言うことを聞いてくれない。

背もたれに身を預け、綺麗に色づいた空を眺めて大きく溜息をつく。…あの子のお母さんが見つかったのはいいけれど、何か大切な事を忘れている様な。


そんな風に思ったその時。


「お」


ポケットに突っ込んでいた携帯が着信を告げる。どこのどなたかと思い取り出せば。


「…………………あ」


画面に表示された名は。

上を向いていた顔を慌てて前へと向ければ、自販機の横に立っている小さな影がいつの間にかじっとこちらを見つめている。

震える指先で発信ボタンを押して、慎重に耳に端末をあてる。


「…もしもし」

『もす、……もし、もし、葵、ですが』

「ああ、うん。……ど、どうした?」

『っ………、あの、』

「…………」


離れた距離でじっと見つめ合いながら、無言の多い奇妙な通話を続ける俺達。

耳を擽る透き通る声が、素晴らしく居心地が悪い。勿論、そんな醜い感情見せられる訳が無いが。


『…飲み物、何が、いいですか』

「え、あ、……うん。…じゃあ…お茶」

『…ですか』

「…うん」

『………』

「…………」

『…あの』

「う、うん」

『…ん…兄さんの声が耳元で聞こえるのって、何だか変な気分ですね』

「………………」

『……すぐ、戻ります』


消え入りそうな声でそれだけを告げると、俺が反応を返す前に無機質な音を奏でて通話が切れる。

影はさっさと自販機に向き直っていた。




「………」




「………………」




「…………………………あぁー…」


気にしない様にしていたのに。したかったのに。

耳元で囁かれた、常とは異なる恥ずかしそうな声を思い出して顔にぼっと熱が灯る。

冷たいもので顔面を冷やしたいけど、その冷たいものを調達しているのが、只今こちらにゆっくりと向かってくる件のクールビューティーな訳で。


残る制限時間は約30秒。それまでに如何にして平常心を取り戻すか。

見事目論見通り、繋がりを得るという目的をスマートに颯爽とやり遂げてみせた達成感に浸る間もなく、俺は心の中で情けなく頭を抱えるのだった。

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