第8話 お守り役はだあれ

「早速、噂になってるぞ」

「何が」


学園でのお昼休み。前の席に座り、心優しくも俺に勉強を教えていた土方隼人が徐ろにそんな事を言い出した。大柄な体躯に金髪、耳にはさり気ないピアスという、どこからどう見てもいヤンなキーさんという出で立ちの我がお友達である。

そんなTHE・不良にしか見えない彼が一般ピーポーの俺に勉強を教える、一見アンバランスな光景は、されどこのクラスでは珍しくも何とも無いお馴染みの光景。

こう見えて意外と真面目ちゃんなのだ。隼人くんは。


「お節介な穂村に最近綺麗なボディガードがついたって」

「えー…?」


判明した事実に、思わず力無い声と共に天井を仰ぐ。俺と葵って他から見るとそんな感じに見えるの?男としてはちょっとショック。


「お陰でこのクラスがほんの少し真面目になった」

「いや、仕事押し付けんなって話よそれは」


クラスメイトの頼み事は進んで受けている穂村くんだが、それでも本当にやむを得ない時以外はあまり受け付けない様にしていた。それでもそれでも、実は割と余裕がある奴も中にはいたのだろう。特に


「まぁ一番甘えているのが担任ってのもどうかと思うが」

「な」


あの人忘れ物はいつものことだけど、それと同じくらい絶対自分が怠けたいだけだもん。

最近、何故か俺を見るたびに左右後方確認して涙目で逃げる様になったけど。


「穂村くん」

「ん?」


気になる部分のチェックを終えて、ノートをしまい、ぼちぼち飯でも食おうかな、などと思って鞄を探っていた俺の背中にかけられるたおやかな声。


「お客さん」


見ればクラスメイトの月城さんが、ニコニコ笑顔で己の背後を指し示していた。


「と、…噂をすればか」


扉からちょこっと顔を覗かせて、こちらを見つめていたのは、先程まで話題になっていたボディガード殿。腕だけを動かして促す隼人と、ニッコニコ笑顔の月城さんに見送られ、俺は彼女の下へと馳せ参じる。


「お疲れ様です」

「葵、どうかした?」

「………」


スラッとして背も高い葵は、こちらの顔を僅か下からじっと見上げていたかと思うと、直ぐに視線を落として


「…お」


優しく俺のネクタイを直し始める。どうやら先程まで半分寝て…集中しすぎていたせいでズレてしまっていたらしい。


「…今日は、友達に勉強を教えるため、遅くなります」

「ああ、そうなんだ。分かった。後、ありがとう」

「…いえ、兄さんは、寄り道は程々に」


「…………」

「…………」


会話終了。


「…………」

「…………」


本当にただそれだけを伝えるためだけにわざわざ来てくれたらしい。

まめというか、丁寧というか。


けど、せっかく来てくれたのに、これだけではいさようなら。なんていうのも少々寂しい気がして、今にも踵を返しかねない従妹の姿に俺は慌てて言葉を探す。


「えと、……友達、いたんだな」

「む」

「じゃなくて!!勉強!出来るんだな」

「はい」


抑揚の無い声でそう言うと、葵はちらりと俺の後ろに目線を向ける。

つられて俺も振り向いても、その先にいるのはニッコニッコで小さく手を振る月城さんと無愛想隼人の正反対の二人のみ。


「良い先生に恵まれました」

「へぇ」

「拷も、懇切丁寧に勉強も教えていただいて」


今、拷問って言いかけなかった??


「忘れたくても忘れられない日々です………」

「そ、そっか……」


遠い目で宙を仰ぐ葵に、これ以上この話題を続けては危険だと判断した俺はもっと慌てて言葉を探す。


「が、頑張ったんだな」

「………」

「え、偉いな」

「…………」


「…撫でてくれてもいいですよ」

「え」


すすす。言うやいなや下を向いてこちらに頭を差し出す葵。

暫しの沈黙。…これはやらねばならないのだろうか。ならないのだろうな。

だってこの子その姿勢のままピクリとも動かないもん。


「………」


後ろから、実に愉快そうな視線を感じるのは気の所為だろうか。きっと気の所為。絶対気の所為。


「じゃ、じゃあ失礼して?」

「お願いします」


何でこんなことになっているのだろう。

少し触っただけで分かる、己とは全く異なる驚くほどに艷やかな髪。沈み込んだ髪の間に指を滑らせても微塵も引っかかりもしない。無理やり例えるならそう、まるで最高級の毛布に手を埋めている様な絶妙な感触。いかんくせになりそう。


「「………」」


何だこの時間。俺は廊下で何をやっているんだ。


「戻ります」

「え」

「ありがとうございました」


さっすっすたすたすた。

流れる様に顔をあげ、回れ右して足早に去っていく葵。それを唖然と見送って


「何だったんだろう……」


空腹を訴えるお腹に誘われる様に俺も踵を返したその瞬間、


「兄さん」

「ぐえっ」


突然、裾を引っ張られたお陰で喉にダメージ。涙目で振り返れば、去ったはずの葵がまた戻ってきていた。


「あの」

「…まだなにか…?」

「…お弁当、今日も美味しかったです。ありがとうございました」


さっすっすたすたすた。

丁寧にお辞儀して、流れる様に顔を上げ以下略、これまた唖然と見送って。


「…やっぱりさっさと連絡先聞くべきだなぁ……」


あっという間に小さくなるその背中が消えた後、思わず呟く。

負傷した喉を擦りながら己が教室へと足を踏み入れれば


「ん?」


クラスメイト達、というか、主に女子達が揃いも揃ってこっちを見ていやらしくニヤついていた。


「…………何だよ」

「「「別に」」」


さささっ。一斉に興味を失った様に戻る一同。皆さんご覧ください、これが現代のいじめです。


それはそれは気まずい思いで肩を縮こませながら帰還すれば、既に月城さんの姿は無い。仲の良い幼馴染の下へと戻っていった様だった。

残った隼人が、自分の分のお弁当を机に置いたまま面を上げてこちらに目を向ける。

よく見なくても蓋は空いていない。


「おう、時間無くなるから早く食うぞ」

「先に食べてて良かったのに」

「いいんだよ」


その声色は何とも関心薄そうな割には義理堅いというか何と言うか。だからこその得難い友なのだけど。


「…それはそうとさっきの話の続きなんだが」

「ん?」


何度目かになるが、こう見えて意外にも料理男子な隼斗が何とも食欲唆る男飯に手を付けながら今一度静かに何かを切り出した。打って変わってその顔に覇気は無い。


「実はもう一つ、興味深い噂を耳にしてな」

「何」

「………」


自分で言っておきながら途端に奥歯に物が挟まったような顔で言い淀む隼人。

暫しの逡巡の後、俺が無言で先を促すと観念した様に口を開く。


「『お節介の穂村にお守り役が増えた』…だと」

「………増えた?」


二人揃って顔を見合わせ、そして揃って首を傾げる。

増えた、ということは元々一人はいた訳で。


「お前、心当たりは?」

「ある訳無いじゃん」

「だよな」


腕を組み考え込む隼人を他所に、俺もさっさと弁当を開ける。

姿を現す年頃の男子高校生が口にするには少々物足りないお弁当。


「…何だお前、今日それだけしか食わないのか」

「ちょっとね」


ちょっとというか、葵が細い割によく食べる事が判明したので、彼女の分のお弁当にリソースを割いたため、気づいたら肝心の自分の分が大して残っていなかっただけなのだが。

しかし、嬉しそうに(多分)平らげる彼女の笑顔(妄想)の為なら俺の空腹など……!!


と、その時。


「これやるからちゃんと食え。だから倒れるんだお前は」

「………」

「あと、これも。ああ、ちゃんと野菜も食えよ」

「………あざ〜す」


ひょいひょいひょひょい。

見る見る内に、充実する穂村くんのお昼ご飯。

ありがてえありがてえ。そんな事を考えながら弁当を眺める俺の脳裏を過る先程の言葉。


『お守り役。』『増えた。』


「………」


もう一度、目の前のオカンを見る。見た目ヤンキー。葵に負けず劣らずの無愛想。その出で立ちだけでそこらのチンピラ程度なら怯ませられるオーラを持った、俺の弁当を見ながら渡すべきおかずを吟味しているオカンを。


オカンが俺の視線に気づいて強面の目を向ける。


「何だ」

「いや…」


「(……まさかね)」


まさかだよね。視界の隅に映り込んだ女子の一団が何かこっち見てひそひそ盛り上がってるけど、まさかだよね。何か『受け』とか聞こえた気がしたけどそんな訳ないよね。


何とも何ともな胸中をひた隠しながら、豪華な弁当を口にする。

大変残念なことに、味はよく分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る